上 下
36 / 44

36 村上 陽司のあの頃の話

しおりを挟む


話せば話す程、彼女と陽司は似ている気がした。

主に、強い劣等感という点で。


幼い頃から、周囲からの陽司の評価は微妙なものだった。

従兄弟達の中にかなり優秀なαが数人いて、幼い頃から落ち着きのなかった陽司は、変わった子供として扱われていた。
それでも小学校高学年頃になると、身体的特徴はαである事を示し、両親は一安心した。
村上の家は代々それなりにαの出る家系だが、一口にαと言えどもその器量には個人差がある。

陽司はその性質から、容姿以外の部分でのαとしての期待値は低かったのだ。
それなりの扱いしかされなかった陽司は、中学に上がると、鬱憤を晴らすように遊んだ。
皮肉な事にその年頃になると、容姿も磨かれ、身体能力や頭脳も向上した為、他のαはともかく、周囲のβの生徒達と比較すれば優秀と言える程にはなっていた。
周りに人が群がりだして、子供の癖にセックスも覚え、その頃の陽司には告白してくる女生徒が絶えなかった。
それらは全てβの女生徒達ばかりではあったが、だから良いというものでもない。やる事をやれば、望まぬ妊娠をさせてしまう可能性はある。

叱っても遊びをやめないのならと、避妊だけは徹底するように言うしかなかった。
だが、中三に上がり、幼馴染みの少年と付き合い始めると、陽司の様子が少しずつ変わり始めた。

高校に上がり、バース性が確定しても、陽司の直情型な性質は変わらなかったが、異性との遊びはなりを潜めた。腐ってもαというべきか、成績は優秀な部類だったので、恋人となった少年と同じ大学を目指して一緒に勉強している事も多くなり、両親は安心した。

幼馴染みは、落ち着いた性質、成績優秀、性格温厚、おまけに眉目秀麗もついていた。
その彼が、中学でのバース検査でΩという判定がなされた時、陽司の両親は密かに歓喜した。

親の叱責さえなかなか聞かない、扱いづらいやんちゃな陽司が、大人しく言う事を聞く相手。陽司が全幅の信頼を寄せている恋人。

それが南井 義希だった。

だから陽司と恋仲になっていた彼が、高校に上がってのバース検査でΩだと確定した時、これで陽司の将来は心配無いと、両親は安心したのだ。
何れ高校卒業か大学卒業に合わせて番になってくれたら陽司も大人しくなる。
番を持ち、家庭を持てばαらしく責任感が生まれるものだ…そう期待して。


ところが陽司は、それから間も無く彼を番にしてしまった。
堪え性の無い陽司がそうしてしまう可能性を甘く見ていた両親は、南井の家に土下座の勢いで謝罪に行った。
遅かれ早かれこうなる筈だったのだから、と許してもらえて、ホッとしていた矢先、陽司がとある少女を番にしてしまったと電話が来た時には耳を疑った。

陽司には既に番がいるではないか、と。
人違いでは、と思いながらも告げられた住所に駆けつけた。
そして、その家のリビングのフローリングの床に、少女と並んで座らされている陽司を見た時、両親は膝から崩れ落ちそうになった。
少女のうなじには、早くもくっきりと咬印が刻まれていて、紛れも無く自分が噛んだのだと、陽司本人が認めた。その上、避妊に失敗したかもしれない、と…。

両親の脳裏には、陽司の無理を聞いて番になってくれた、あの優しい幼馴染みの少年の顔が浮かんでいた。

何の落ち度もない彼に、何をどう告げれば良いのか…。


それが、陽司が親に見放された瞬間だった。
そして、家族や恋人の信頼を裏切ったという事は陽司と同じである新しい番の少女も、それは同じだった。




「似た者同士というか、親に見捨てられた者同士、何とか一緒にやっていけると思ったんだ。」

陽司は当時を回想しているのか、目を伏せている。
テーブルに置かれたコーヒーはとうに冷めていた。

「でも、無理な事って、どうしても無理なんだな。」

陽司は可笑しそうにくくっと笑った。

「俺が義希を忘れられないように、美波も恋人だった男を忘れられなかった。

5年以上もの家族ごっこには、何の意味もなかった。
美波はあの男を追って死んで、俺は和志と2人、残された。」

家事も出来ず、子育ても全て美波に任せ切りだった陽司が、今更和志と向き合うのは困難だった。
和志を見ていると、自分と南井を引き離す原因になった行為の結果なのだと思い出してしまう。
南井を裏切り、欲に負けた自業自得なのだと思い知らされるようで、辛かった。

情が無い訳ではないが、とても育てる事はできないと、養育を望む義父母に投げた。

その瞬間、陽司もまた、和志を捨てたようなものだった。
陽司の両親と違ったのは、その時陽司に捨てられた和志には、何の落ち度もなかった事だ。

その後、幼い頃は美波に似ていた和志は、会う度に義父に似てきた。
義父母が苦手だった陽司は、益々和志を避けた。
成長した和志が歩み寄って来ても、受け入れる勇気が持てなかった。

当然、親子関係は構築などされず。

金だけで親の義務を果たした気になっていた陽司に、和志の近況など知る術は無く、交友関係や交際している相手など、興味すらなかった。

そして、久々に妻の墓参に行ったあの場所で、あまりにも突然に、南井に再会したのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!

白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。 現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、 ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。 クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。 正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。 そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。 どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??  BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です) 《完結しました》

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

いくら気に入っているとしても、人はモノに恋心を抱かない

もにゃじろう
BL
一度オナホ認定されてしまった俺が、恋人に昇進できる可能性はあるか、その答えはノーだ。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

君と秘密の部屋

325号室の住人
BL
☆全3話 完結致しました。 「いつから知っていたの?」 今、廊下の突き当りにある第3書庫準備室で僕を壁ドンしてる1歳年上の先輩は、乙女ゲームの攻略対象者の1人だ。 対して僕はただのモブ。 この世界があのゲームの舞台であると知ってしまった僕は、この第3書庫準備室の片隅でこっそりと2次創作のBLを書いていた。 それが、この目の前の人に、主人公のモデルが彼であるとバレてしまったのだ。 筆頭攻略対象者第2王子✕モブヲタ腐男子

処理中です...