人生2度目に愛した人は奪われた番の息子でした

Q.➽

文字の大きさ
上 下
34 / 44

34 南井 義希は要求する

しおりを挟む



自動解除やら、自然解除やら。

言葉だけを聞けば、解除手続きをして病院で解除処置をするよりも負担無く容易に成されるものかと、人は思うのだろうか。

確かに注射等の処置で無理矢理解除する方が、そこに至る間での苦痛や、その後の後遺症は重い。
その点、相手のαに番が現れた時の相手都合による自然解除には、後遺症は殆ど無いとされている。
けれど、解除される迄の苦しみが無い訳ではないのだ。
αには殆どダメージが無いのに対して、理不尽過ぎる話だ。

運命の番が現れる自体が稀な事なので、それに伴う自然解除のケースだってサンプルは少ないが、解除されたΩの全てがその時の苦痛を訴えている。

それでも後遺症はほぼ確認されておらず、そういう訳で、嗅覚の鈍化が起きた南井のケースにしても、それが果たして後遺症の一例であるのか、南井本人がαを拒絶する意志を持ったが故に起きた防衛作用なのかは、実際は判断が微妙な所だった。只一点、ヒートが軽くなった事は、メリットと言えば言えるのかもしれない。
解除後のΩは、大概それで苦しむのだから。


「番ってさ。一般的に言われるβの夫婦とは違って、書類だけで離婚できる訳じゃないよな。
一旦契約したら、解除には双方リスクしかない。
特にΩは人生や生命を左右される程に重いものだ。

俺は、そう教わったよ。」

南井の声は柔らかいのに、重い。
陽司はそれを、両手を組んだまま俯いて聞いていた。

そうだ。そう教わった。
陽司も同じように。
親にも、学校でも、専門医にも。
特にα側の責任を、何度も何度も説かれた。
 
なのに、αとして与えられた特権と、快楽を重視して大切な言葉達を無視していたのは陽司自身だ。
調子づいていたのだと、今ならわかる。
それは年齢と言うよりも、多分に陽司という人間の持つ性質故の事だった。

その為、陽司は人類のほんの10%にも満たないとされる、優れたαという種に生まれながらも、間違いだらけの人生を送った。

陽司の問題点は、衝動的で、過ちを反省が出来るまでに時間がかかり過ぎる事、そして都合の悪い事からは逃げる癖がある事だ。

重複するようだが、これは個人の資質の問題で、年齢もバース性も関係無い。

そしてその長年かけて染み付いた悪癖を、悪癖であるが故に、克服出来ないでいる。また、その努力も怠ってきた。
それは現在の和志との関係が、如実に表している。



南井は続ける。

「だから俺は、お前に強引に噛まれた時も許した。
少し早くなっただけなんだ、って、自分を納得させた。お互い大切な存在になれたんだから、これで良いんだって。

でも、お前にとっての俺は、少しも大切な存在ではなかった。」

「それは違う!!」

淀みなく話す南井に、陽司は反射的に反論した。
それに南井は少し苦笑しながら、

「違うのなら、今この席は設けられてないと思わないか?」

と言い、陽司はぐっと言葉に詰まった。
その様子を見て、南井は言う。

「でももうそんな事はどうでも良いんだ。
俺が知りたいのは、あの時お前がどんな気持ちや考えで、ああいう事をして、謝罪一つ無くいられたのかって事だ。

それをつぶさに話せ。」

優しくて穏やかで、何時でも自分を許してくれて、待っててくれて。
そんな、自分に甘かった幼馴染みの、やんわりとしているけれど、有無を言わさぬ口調に、陽司は驚いた。

昨日があんな風だったから、面と向かえば泣かれるのかと思っていた。でなければ、恨み言を投げつけられ、詰られるのかと。

けれど今、対面している幼馴染みは、昨日とは別人のように、取り乱しもせずに淡々と自分の主張と要望を述べ、陽司を見据えていた。

その、穏やかだけれど温度のない瞳を見て、陽司は未だに自分が都合の良い事を考えていた事に気づいた。
南井が自分に未練を持ってくれているのではないかと、ほんの少しだけ期待があった。
息子の恋人だと紹介されてなお、そんな事を考えていた自分が可笑しくなった。

南井に未練があるのは自分の方なのに、南井が陽司を許して、あの頃に戻りたいと縋ってくれないか、なんて…。
随分生温い夢を見たものだ。

南井は 昨日のあの再会で瞬時に様々な事を悟り、衝撃を受けただろうに、たった一晩で迅速にメンタルを立て直してきた。
そんな人間が、自分のような生半可な人間に靡く筈が無かった。
ましてや、和志のようなαが既に隣にいるのに。


陽司は、一瞬でも愚かで甘い夢を見た自分を恥じた。

裏切りは許されないし、失った時間も信頼も戻りはしない。

今の自分が南井に出来るのは、要求された事に余さず応えてやる事だけだ。


そう腹を決めて、陽司は僅かに震える唇を開いた。










しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~

倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」 大陸を2つに分けた戦争は終結した。 終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。 一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。 互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。 純愛のお話です。 主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。 全3話完結。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

耳が聞こえない公爵令息と子爵令息の幸せな結婚

竜鳴躍
BL
マナ=クレイソンは公爵家の末っ子だが、耳が聞こえない。幼い頃、自分に文字を教え、絵の道を開いてくれた、母の友達の子爵令息のことを、ずっと大好きだ。 だが、自分は母親が乱暴されたときに出来た子どもで……。 耳が聞こえない、体も弱い。 そんな僕。 爵位が低いから、結婚を断れないだけなの? 結婚式を前に、マナは疑心暗鬼になっていた。

陛下の前で婚約破棄!………でも実は……(笑)

ミクリ21
BL
陛下を祝う誕生パーティーにて。 僕の婚約者のセレンが、僕に婚約破棄だと言い出した。 隣には、婚約者の僕ではなく元平民少女のアイルがいる。 僕を断罪するセレンに、僕は涙を流す。 でも、実はこれには訳がある。 知らないのは、アイルだけ………。 さぁ、楽しい楽しい劇の始まりさ〜♪

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

処理中です...