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30 村上 和志は不安を抱える

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夜半過ぎに迄及んだ祖父母との話は、村上のメンタルをそこそこ削るものだった。
父と母の出会いは村上が思っていたようなロマンチックなものではなく、只々、本能的且つ衝動的に番を結んだものだった。
それは若さ故の浅はかさだったのだと言われたらそれ迄だけれど、村上にとっては単に当事者の資質の問題であるという気がしている。大切な誰かを思って踏み止まる事に、老いも若きも無いと思うからだ。

祖父は出来るだけ冷静に話そうと努めてくれたが、それでも内心の苛立ちは伝わってきた。


話が終わり、村上は2人に礼を言って、二階の自室で寝る為に階段を上がった。
大学進学の際にこの家を出てからは、鍵の掛かっていない村上の部屋。
今でも祖母が定期的に整えてくれているのか、足を踏み入れても空気の澱みも無く埃も無い。 
引き出しには置いて出た着替えがそのまま入っているので部屋着を取り出して着替えてからベッドに座った。
見回しても、机やクッションの位置ひとつ変わっていないから、昔に戻ったようで、ついホッとしてしまう。
何れ村上が結婚して別に家庭を構えても、祖父母はこの部屋を残す気でいるのだろうと思う。
実際、2人の娘であった母の部屋も、三階にそのままの形で残っている。
高校生だった頃のままの、母の部屋。

何処の誰とも知れぬ男と番になって、はた迷惑の末に勘当するように追い出した娘の部屋を、当人が居なくなった今でも残している親の愛情。
それはどれ程深く、悲しいものなのだろうか。

村上には未だ、わからない。
けれど、その親心というものも様々である事だけはわかる。

父である陽司の場合は、息子である自分に対して、そんな愛情を持ち合わせてはいそうにない事も。


(父と、会わなければ…。)


気は向かない。
けれど父は、村上からの連絡を待っているだろう。

ベッドに仰向けになって、スマホを操作する。

現在時刻は0時半を過ぎている。
電話を掛けるには憚られるが、LIMEを残すくらいなら翌朝気づくだろうと考えて、村上は文字を打った。


ーー今日、何時でも良いのでお時間をいただきたく思います。ーー

それだけ送信して画面を閉じようと思ったが、送信したそばから既読がついて、少し驚く。


ーー何時でも構わない、家にいる。ーー


そう返してきた陽司に、仕事でもしていたのか、それとも昼間の事があって、まんじりともせず眠れないのだろうかと思いながら返信を打つ。

ーーでは13時に伺います。ーー

そう返すと、直ぐに既読がつき了解の返信が来る。
およそ、親子らしからぬラリーだ、と村上は苦笑した。

枕の横にスマホを置いて、考える。
実際、父は南井や村上の事をどう思っているのだろう。
南井がよろめいたあの時、駆け寄ろうとしていた陽司の表情は、まるで…。


「…そんな訳ないか。」

あの人は南井の前で、初対面の母を選んだのだ。

けれど…、と村上は思う。

村上はずっと、父が母が亡くなった後、他に番を見つけないのも再婚しないのも、母を愛していたからだと思っていた。
だが、あの話を聞いてしまった今となっては、父の気持ちが全く見えてこない。
それぞれの相手を捨てて迄番になった父と母は、はたして幸せだったのだろうか?
では何故、母は死んだのか。事故として処理はされたらしいが、祖父母は後追いだと思っている。おそらく、父も。
母の心の中では、運命の番であった父よりも、元恋人の存在の方が大きかったのだろうか。

では、父の心の中では?

父の心の中での母の占めていた割合は、どれくらいだったのだろう。
一人息子である村上を、簡単に祖父母に託せる程度の?
運命の番である伴侶との子供なのに?

通常の番でさえ、αは番となったΩと、子供に対する愛情と執着心が強いと言われているのに、運命で繋がった筈の父と母、自分は?

父からはその執着すら微塵も感じられないのは、何故なのか。


「父さん。貴方が愛していたのは、誰だったんですか…。」

物言わぬ白い天井に向かって呟いても、答えなど返ってはこない。

虚しくなり、無性に南井の顔が見たくなった。
自分が部屋を出た後、ちゃんと食事は食べてくれたのだろうか。
具合いは良くなったのか。
今頃は寝ているだろうか。
昼間、長く気を失っていたから、寝られずにいるのではないだろうか。
村上や父のように寝られず、悩んでいるのではないだろうか。

お願いだから、一人だけで答えを出すのだけはやめて欲しい、と告げてきたけれど、妙な方向に考えてはいないだろうか。

不安で仕方ない。

早く朝になれと思う。
早く南井の声が聞きたいと思う。

そんな事を考えている内に何時の間にか意識は落ちていたようで、次に目を覚ましたのは、枕元に置いていたスマホの振動によっての事だった。
表示されている時間は8時。何時もの日曜なら、もう少し寝ている時間だ。
誰からかと確認すると、南井からの連絡だった。

がば、と起き上がり、本文を読む。


ーー近い内に陽司と会うのなら、自分も同席したい…ーー

そんな内容だった。


村上は戸惑い、そして悩んだ挙句、南井に電話を掛けた。











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