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21 南井 義希は過去と決別する
しおりを挟む結局、イニシャルとメッセージのどちらを入れようかと相談した末、メッセージを選択した。
ーーwith youーー
これから先の人生は共に歩む。名よりその覚悟を刻む。
はっきり言って臭いと思うし、特に南井などは良い歳をして、とかなり気恥しかったのだが、今の2人の気持ちそのままを表せばこの言葉だったのだ。
が、刻印が出来上がる迄は約一ヶ月かかると知らされた村上は、少しガッカリしているようだった。
今迄恋人がいなかったのだから、そんな指輪を購入する機会など無かっただろうし知らなかったんだろう。
そう思い、気落ちしている村上を慰めようと南井は話しかけた。
「俺のヒート、そんなに重くないんだよね。
だから何時もはある程度薬で押さえるように調整してるんだけど、今回からそれ、止めるからさ。」
「…そうだったんですね。……え、やめる?って事は…。」
それは自発的ヒートを促すという事で、つまりそれは何の為かと言えば…。
「順調にいけば一ヶ月くらいしたら来ると思うんだよね。そう考えたら、ちょうど良いと思わない?」
意気消沈していた村上の顔に色味が戻ってきた。
戻ってきたというよりは、あらぬ想像をして真っ赤になったという方が正しい。
ヒート…南井のヒート。
……ヒート中の、南井…。
もう脳内がピンク色で再生されている。これが童貞の妄想力だ。
1ヶ月先には、結ばれる。
未だ1ヶ月もあるけれど、それだけ待てば、南井は村上だけの人になる。唯一無二の番になる。
村上はもう、運命という言葉にはこだわっていなかった。
運命でもそうではなくても、これだけ魅力的な南井なのだから、何処で出会っても自分は一目惚れしていたと思うし、南井の話を聞いてしまった今となっては"運命の番"という言葉に固執するのは無意味に思えるからだ。自分がよかれと思い真っ直ぐに信じているものが、他人にとっては真逆な意味を持つ事もある。
昨夜、痛々しい過去の出来事をぽつぽつと話す南井を見ていて、村上は痛い程それを学んだ。
「…楽しみ、ですね。」
照れながら言うと、南井がクスッと笑う。
「俺も凄い久し振りだよ、まともなヒートなんて。
…とんでもない事になったら、ごめん。」
そう言いながら、南井は考える。前が相手都合の自動解除だったから、次の番を結ぶ事に問題は無い筈だ。 それは知っているのに、何処か不安だった。嗅覚の殆ど無い自分が、村上とは匂いで惹き合っているのだから、遺伝的な相性は問題無い。2人は運命の番で間違いないんだろう。
(でも、本当に大丈夫なんだろうか。なれるんだよな、番に…。土壇場で受け付けないとか、そんな事にはならないだろうな?)
いっそ早くヒートが来てしまって、噛まれてしまいたい、と南井は思い始めている。
「と、とんでもない事、って…?」
南井の不安とは裏腹に、村上は期待いっぱいのようだが…。
とんでもない事というワードにもチェリーは引っかかるらしい。清廉潔白な顔をして不埒な奴め、と南井は悪戯っぽく笑った。
ついでなので帰りはメンズフロアへ寄った。今夜も泊まりたいという村上の為に、この際だからと泊まり用の部屋着を買ったのだ。シューズを見たり、デパ地下で夕食用の惣菜を何点か買ったりと、それなりに買い物を満喫した。
出会って2ヶ月になるけれど、2人でこんな風に出掛けるのは初めてで楽しかった。
現役大学生で友人達と出かける事もある村上と違って、この20年、極力プライベートの人付き合いを避けてきた南井にとっては、仕事以外で他人と連れ立って歩く事自体が稀な事だった。
だから余計に新鮮な気分だ。
いちいち思い出すのもどうかと思うのに、何だか高校生の頃に戻ったような気がしてくる。それと共に、あの日自分の手を振り切って行ってしまった幼馴染みの、走って行く後ろ姿も鮮明に思い出してしまって、南井は目を閉じた。
(もう、過去の事だ。)
今、南井の傍に居るのは、やんちゃで移り気なあの男ではなく、南井だけを真っ直ぐに見つめてくれる村上なのだ。
決して、惑わされないと言ってくれた。
南井を置いてはいかないと誓ってくれた。
(そうだ。俺はこいつと歩いていくと決めたんだ。)
街中を走り去っていく、幼馴染みの過去の幻影との決別。
それはきっと、もう南井を苦しめる事はない。
南井は隣を歩く村上の手を探り当て、その温かい手に指を絡ませて握った。
俺はこいつと幸せになる。
そう自分に言い聞かせながら、南井は歩く。
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