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7 村上 和志は甘えるのが上手い

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村上は恥ずかしそうに座っている。
南井に気づかれた事で、余計に羞恥心でいっぱいなんだろう。何だか気の毒で、やっぱり放っておけない気になって南井は困った。
自分の匂いが原因なら、何とかしてやった方が良いだろうか、と考える。

込み入った話になるだろうかと店奥のボックス席を選んだのが幸いして他からは見えないだろうが、何時迄も店内に居座る訳にもいかない。村上のソレが萎えないと帰るのも大変そうだ。
村上の住んでいるというマンションは隣町だとさっき聞いた。車でも30分以上かかる場所だ。徒歩含む電車ならもっとかかるだろう。

ならばこの辺りにホテルはあっただろうか、と南井は頭の中に周辺地図を思い浮かべたが、何せそういう性事情から遠ざかっているだけに、その手のホテルの位置など思い当たらなかった。
仕方ないのでスマホで検索してみると、あるにはあったが今度は人目につかないか心配になる。彼と二人でそんな場所に出入りしているのを見られたら、妙な噂になりそうだ。

(仕方ない…。)

南井はアプリを使い、タクシーを今居る店の近くに呼んだ。

「少し、我慢できる?
ウチならタクシーで10分くらいだ。」

「え?」

南井が声を掛けると、村上はその言葉の意味を図りかねているようだった。だが、依然としてソコが萎えてはいないのが強い匂いでわかる。αの勃起は抜く迄は治まらない。
流石の南井も、少し悩ましい気分になってきて困った。
自分の匂いは村上にしか嗅ぎ取れてはいないと思うが、村上の匂いはどうだろう?
視線を店内に彷徨わせると、店員はカウンターから暫く出て来ていないし、他の席の一人客は変わりなくスマホを弄っているが、何れにせよ、店内に客が増え出す前に出た方が良い事は確かだ。

「ソレ、何とかしなきゃいけないでしょ。場所の提供と、手伝いしてあげるよ。
…セックスは、流石にアレだけど。」

南井が曖昧な笑みを浮かべてそう言うと、村上の表情がまた明るくなった。

「…良いんですか?」

「私の責任もあるだろう。お詫びだよ。」

「ありがとうございます。」

まさか、出会ったその日に部屋に連れ込む事になるとは思わなかった。
セックスする気は無いが傍から見れば、理由をつけて若者を弄ぶオッサンに思われても文句は言えないな、と南井は思った。




タクシーに乗ってしまえば、南井の自宅マンション迄は10分足らず。 けれど今日は、そのほんの10分がいやに長く感じた。

セキュリティがしっかりしている単身者の多いマンションなので、うるさく監視するようなタイプの住人はいない。そして、住人同士の関係も希薄。接触と言えば、すれ違って挨拶する程度のその環境を、南井は気に入っている。


「どうぞ。狭いけど。」

部屋の鍵を開け、中に入るよう促すと、村上は お邪魔します、と言っておずおずと玄関に足を踏み入れた。
廊下の電気を点けて、来客用のスリッパを揃えてやると、また礼を言ってそれを履いた。廊下を進んですぐ右側の寝室にしている部屋のドアを開けると、村上は物珍しそうにそこに入り、ベッドを見て真っ赤になった。
しまった、あらぬ妄想を具体化させてしまったか、と思ったが、他にどの部屋を使うのかと言われたら、それも困る。
リビングを汚されても嫌だし…最初からバスルームに案内と言うのも、何だか愛想が無くて可哀想じゃないだろうか。

「…服、掛けるならそこに。」

と、部屋の隅にあるハンガーラックを指して、

「…出てようか?一人の方がやり易いなら、」

と言いかけて部屋を出ようとすると、南井は後ろからふわりと抱きつかれた。
ずっと向かい合って話していた青年が、思っていたより大きな体をしていた事にドキリとした。

「そんな、酷い事を言わないで下さい…。」
 
「…緊張するだろう、初対面の私の前だと。」

気を利かせたつもりだったのにな、と南井は思ったのだが。

「お願いします…少しだけでも、欲しいです…。」

村上の声は息が上がり、甘えるような媚を含んでいた。
後ろから首筋に顔を埋められるのなんて、何時以来だろうか、と南井は思う。
αの匂いに鈍感になっている筈の嗅覚を、村上の匂いが強く刺激する。
もう忘れた筈の、他人の体温、αに包み込まれる安心感。
蘇ってきてしまう、嫌でも。

ほんの少し。
ほんの少しだけ、手伝ってやるだけだ。

南井はそう覚悟を決めた。

「…ほんとに、少しだけだよ。」

村上が頷く。

そして南井の唇は、ゆっくりと奪われた。


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