薄幸系オメガ君、夜の蝶になる

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30 初めてのモール

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 ぬくぬくと温まってス〇バを出た2人が次に目指したのは、先ほどチラッと出た最寄りのショッピングモールだった。
 
 実は羽黒、コーヒーを堪能中、間近で蛍の着ている服を観察していて考えたのだ。(早急に服を買わねば)と。
 先ほど眩いクリスマス・ツリーの下でピョンピョン跳ねている蛍を遠目に見ていた時は、ぶかぶかの白い服と相まって、本当に天使のように見えた。しかし至近距離で見てみれば、天使の白い衣は実はかなり着古されたダウンジャケットだったのだ。しかも、蛍の体格には明らかに2サイズほど大きめの。だからダボッとして、華奢な体が更に華奢に見えたのかと、羽黒は納得した。おそらくこれは、以前聞いた"亡くなった父親の遺した衣類"なのだろう。羽黒の推察は正解で、成長期の間ずっと服を買えなかった蛍は、ごく普通に亡き父のワードローブの中からそのダウンジャケットを選び出して来たのだった。まだ経済的にはゆとりのある頃に揃えた父の衣類たちはそれなりのメーカー品で質は悪くなく、流行遅れのデザインとサイズさえ気にしなければ、十分に着られる代物だ。所々解れはあるものの目立つ汚れは無く、(これくらいなら羽黒さまに失礼にはならないよね)と蛍は判断した。しかしそれはあくまで貧乏慣れしている蛍の目と感覚であって、羽黒にとってはそうではない。
 白いダウンは、確かに蛍に似合っていた。しかし、うら若い青年の身を包むには、それはあまりに古く粗末すぎる。しかも引き上げられたダウンジャケットのジッパーの胸元からは、ペラッペラの薄い生地のシャツがコンニチワしている。寒い。見ている方が寒い。何なのだろうか、あの見た事もない薄い生地は。季節外れでまさかだが、シースルー?いやそこまで透けてはいないにしても、体温保持はできそうにない。心配だ。(※羽黒は超ボンボンゆえに、度重なる洗濯で摩耗したTシャツというものを見た事がありません)
 幸い、蛍にはまだス〇バ以降の予定は伝えていない。羽黒は予約していたレストランをキャンセルして、ショッピングに切り替える事にした。今日は買い物を優先すべきだ。食事は『nobilis』に行ってからでも注文して食べられるし、これから先の同伴でもいくらでも行ける。とにかく今日は、蛍にもっと防寒に優れた衣類を。というより、普通に厚みのある生地のシャツを。今まで店の中での蛍しか知らず、私服の事は伝聞のみだったから、まさかここまでだとは思わなかった。これほどだと知っていたなら、馬鹿の一つ覚えのように菓子ばかりではなく服や靴を贈るようにしたのに。
 羽黒は己の迂闊さを呪いながらも考えを巡らせた。

(とりあえず、あのショッピングモールに行けば良いか?)

 本来ならば馴染みの百貨店に行ければ、家に出入りしている外商の担当者も飛んで来て羽黒としてはラクなのだが、時計を見ると距離的にも時間的にも厳しい。ショッピングモールならすぐ近くなので、小一時間あれば数着は選べるだろう。汚れはなく清潔感はあるが、明らかに履き古したスニーカーも気になるので是非そちらも購入したいところだ。
 という訳で、羽黒はスマホでレストランをキャンセルしてから、向かいでメル〇ィホワイトピスタチオフラペチーノを楽しんでいる蛍に「食事はいつも通りお店で取るとして、今日はショッピングモールに行ってみないかい?」と誘った。ス〇バに来た事で既に最大の目的を遂げた気分になっていた蛍は、笑顔で快諾。蛍にしても、前を通り過ぎてばかりだったあの大きなショッピングモールに興味津々なのだ。
 蛍が『nobilis』に入店して、1ヶ月と少し。羽黒との出会いにより齎された想像以上の収入により、図らずも残りの借金の繰り上げ返済の目処が立った。すると経済的にも気持ち的にも余裕が生まれて、なんと月々使える小遣いが1万円も出来たのだ。世間一般の社会人としては少ないくらいの額なのだが、今まで0だったところから一気に1万だ。蛍は嬉しくて、ちょっぴり気が大きくなっていた。中学1年の時にもらっていた小遣いは2千円だったから、そこからしても5倍だ。自由に使って良いお金が手元にあるというのは、それだけでウキウキする。

(なんに使おう。やっぱりお財布かなあ)

 中学に上がったお祝いにと買って貰った黒の2つ折り財布はまだ使えそうだけれど、20歳の蛍にはやや子供っぽい。何せ、オレンジ色のクマのキャラクターが全面に入っているのだ。今でも可愛くてお気に入りなのだが、そろそろ大人っぽいアイテムが欲しいのだ。ゆえに蛍は、羽黒の買い物に付き合うついでに自分の財布も見てみようかと考えていたのだった。

 ス〇バを出て、喋りながら歩く事5分。それぞれの思惑を胸に、羽黒と蛍は件のショッピングモールに辿り着いた。入口を入ってすぐにある館内案内図の前に立ち、腕組みをして見つめる羽黒。そして、やはり横で案内図を見て、ふんふん頷く蛍。知っているショップなんて皆無の筈だが、何に納得しているのだろうか。

(…ブランドショップは見当たらないな)

暫し案内図を見つめていた羽黒は、思っていたショップの名が無い事に少しだけ落胆していた。しかし名の通ったスポーツメーカーや有名カジュアルブランドの名は見える。他にもテナントは多く入っているようだし、それなりの品は揃えているだろうと気を取り直した。きちんとしたコートやスーツはまた折を見て仕立てに連れて行くとして、とりあえずの普段着や通勤着などは此処で間に合うのでは。
 羽黒は腕組みを解いて、蛍に顔を向けながら言った。

「じゃあとりあえず、3階に上がろうか」

「はい!」

 羽黒と蛍は手を繋いで、近くにあるエレベーターではなく、店内中央に見えているエスカレーターに向かって歩き出した。









 
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