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25 蛍、絡まれる
しおりを挟む蛍は店長室を出てホールに向かった。営業前の朝礼に出る為である。店長に話があるからといつもよりも早目に来ていたのだが、説明を受けるのに結構時間を食っていたようで、ホールには定刻出勤のキャスト達が勢揃いしていた。10数人のキャスト達の視線が蛍に注がれ、数人の黒服スタッフ達には小さく会釈をされる。それにペコリと小さく会釈を返しながら、蛍は小走りにキャスト達の座っている客席シートに向かう。そして、空いている一番端に座った。キョロキョロと見回しても実優の姿は無い。おそらく今夜も同伴なのだろう。
間もなくチーフスタッフの進行による朝礼が始まり、皆での挨拶、連絡事項が少し伝えられた後、
「本日もよろしくお願いします」
と締められた。『nobilis』開店である。
パラパラと客席シートを立ち、待機席になっている店の奥の広いボックス席に移動していくキャスト達。蛍もその流れに従って、空いている場所に腰を下ろした。座って数分、1人2人と黒服スタッフに抜かれていくキャスト達。蛍の右隣に座っていたスタッフも、早々に指名が掛かって呼ばれていった。すると、その空いた席に移動して来たキャストが、蛍に向かって小声でこんな事を言って来たのである。
「おいお前、ほたるだっけ?あんまいい気になんなよな」
「へ?」
驚いて声の主を見ると、それは顔は知っているものの、まだあまり話した事の無い先輩キャストだった。思わずポカンとキャストの顔を見返した蛍に、彼は不機嫌そうな表情をした。その横からまた違うキャストが口を出す。
「そうだぞ、流星さんはお前がいきなり2位になった所為でトップ3から転落されてしまったんだからな!皆出勤なのに!」
「アサヒ…」
「すいまっせんっ!!」
「…?」
横で始まった2人のやり取りに困惑する蛍。 蛍に物言いを付けてきたのは、先輩キャストの1人である流星。すらっと背が高いモデルのような体型に、長めの黒髪ウェーブヘア。眠そうなタレ目がコケティッシュで色っぽいと評判のイケメンである。そして流星のアシスト的なのか煽りなのか、横から口を出して来たのはアサヒ。流星よりやや背が高く筋肉質のイケメンだが、シルバーの短髪で少々元ヤン臭が漂う。流星を慕っているのか、見る度に流星の傍にくっついていて、子分か専用ヘルプといった感じだ。最近はキャスト達にも馴染んで来た蛍だが、中にはまだ話す機会が乏しくて、蛍をよく思っていないキャストも居る。今回、蛍が2位になった事により、ずっと維持して来たナンバー3からナンバー4に落ちてしまった流星が、まさにそうだった。彼は一昨日の朝礼で毎回成績3位まで渡される金一封を貰えず、更に4位落ちという屈辱にこの2日間、イライラを胸に秘めながら仕事をしていた。そして、それをアサヒにチクチクと八つ当たりしていた。そして今日、予定のあった同伴を断ってまで朝礼に出席。その理由は、蛍に一言言ってやらないと気が済まないという、ただそれだけである。
流星は、見た目よりも結構バカだった。
「ほんっと、羽黒様もこんなガリガリ貧相な奴の何が良いんだか…」
足を組み、片眉を吊り上げて蛍を見下げるようにして言う流星。横でそれにウンウンと迎合するアサヒ。こんな2人組、なんか100万組くらい見た事ある。
しかし蛍は何故か流星の言葉に、ぱあっと嬉しそうな表情になって、コソッと言った。
「だと思うでしょ?でもじーつーはー…、この1ヶ月で3キロ増えたんです!」
「は?」
まさかの蛍の回答に、今度は流星&アサヒが困惑。え、何コイツという思い。
「だ、だからなんだよ?!3キロ程度増えたからって貧相には変わりねーだろ!」
果敢にも煽りで返したアサヒに、蛍は笑顔で言った。
「ここに勤めるようになって、俺も母さんもお腹が空いてる日が1日も無いんですよ!優しいお客様のお陰で美味しいものお腹いっぱい食べられるようになれたの嬉しいです!」
「えっ…?」
「3キロ増えて、貧血もマシになったんです!」
「…おお、そうか…」
最初はどういう事?と顔を見合わせる流星とアサヒだったが、話の流れで少し何かを察し始めた。だからと言って、ここで引く訳にはいかない。アサヒはボソボソと会心の一撃…というにはややキレの無いセリフを吐いた。
「ブs…じゃねえけど、えっと…出勤の時の服ダッセ!」
「父さんの服なんですよ。何年もしまいっぱだったから白い服なんかちょっと黄ばんでるんですけど」
「は?親父さんのお下がりなんか着てんのかよw」
「はい!それだと服買わなくて良いじゃないですか」
「服も買えねえのかよw」
「ウチ、貧乏なんで!」
「え…」
蛍のサラッとしたカミングアウトにギョッとする2人。しかしカミングアウトをカミングアウトとも思っていない蛍は続ける。
「俺も身長伸びたと思ってんですけど、全然ブカブカなんですよね。大っきい人だったからなあ…。あ、ウチの父さん、俺が中学の時に亡くなってるんですけど」
「「!!」」
「あっ、母さんは健在です!お陰様で、母さんも最近ちょっと体重増えて顔色良いんですよね~」
テヘッと笑いながら言った蛍に言葉を失う2人。そして目と目でアイコンタクトを取る。
『nobilis』で働き始めてから腹が減る日が無くなった?つまりそれまでは…?と、2人はしげしげと蛍を眺めた。確かに痩せている。かなーり痩せている。蛍が入店初日倒れたという話は流星もアサヒも聞いているし、それがきっかけで羽黒に指名されるようになったのも知っている。新人が上手く演技をして羽黒の同情を買ったものと思っていたが、実はガチで食えなくて貧血とかで倒れていたのか?
だとしたら…。
(こいつ、いじったらシャレにならんヤツだ…)
流星とアサヒ、2人の心が今ひとつになった。
「…なんか、ごめんな」
「まあ、頑張れよ…」
「え?あ、はい…?」
苛立ちが霧散してしまった流星は嫌味を封印し、アサヒは謝る。そして、よくわからないまま謝罪に答える蛍。最後まで会話は噛み合わないままだったが、今まであまり接触を持てなかった先輩達と話せた事に、蛍は大満足していた。
そんな蛍に、黒服スタッフが近づいて来る。
「ほたるさん、VIPにご指名です」
「はい!」
元気に返事をした蛍は、横の流星達に向いて言う。
「じゃあ、先輩達、また!」
「おう…」
「頑張ってな…」
蛍は笑顔で頷いて、足取り軽くVIPルームへの通路を歩いて行く。その後ろ姿を、2人は何とも言えない気持ちで見送ったのだった。
そしてVIPルームに到着した蛍は、羽黒の姿を見て開口一番にこう言った。
「羽黒様!俺と同伴してください!」
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