薄幸系オメガ君、夜の蝶になる

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18 至高のタンシチューの宴への招待

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「あっ、そうだ!羽黒様!」

「羽黒様?」

 少しの間考え込んで、ようやく当初の目的を思い出した実優が叫ぶ。それに少しびっくりした後、首を傾げる蛍。

「羽黒様…って、王子さまのお名前ですよね」

「王子様?」

「だって王子さまみたいでしょ?羽黒様って」

 蛍に言われ、実優は脳裏に羽黒の姿を思い浮かべた。確かに高身長にあの美貌。王子様っぽいと言えなくもないが…どちらかと言えば、和風の宮様って感じでは?
 しかし王子もあながち無しではないなと、実優は頷いた。

「ん…まあ、そうかな?」

「でしょ!!だから最初はずっと王子さまって呼んでて。お名前覚えた今でもたまに呼んじゃうんですけど」

 羽黒様、この新人に王子様呼ばわりされていたのか…。王子様呼びに甘んじている羽黒を想像すると、実優は何とも言えない気分になった。不覚にも笑ってしまいそうな実優。しかしその前にまた蛍の追撃が。

「そう言えば羽黒様がド〇ボー猫って話でしたっけ」

「違うよ!!ド〇ボー猫はお ま え!!」

「えっ、俺ですかっ?!え~、そっかあ。俺が、ド〇ボー猫…」

「…えっ、何ニヤけてんの?キモ…」

 泥〇猫の呼称が自分に向けられていたのだとわかり、何故かニヤニヤし始める蛍と、それにドン引きする実優。

「お前、そんな言われ方してんのに腹立たないの?」

 顔を引き攣らせながら聞く実優に、蛍は答える。

「初めて言われたんでちょっと新鮮です」

「あ、そ…」

 人生で一度も言われない人が大半だし、喜ぶべき呼称でもないと実優は真顔になった。そして同時に思った。

(もしかして、羽黒様がコイツを気に入ってるのって…こういうところ?)

 確かに、羽黒の好みがこういう珍妙なタイプなのだとしたら、あくまで普通の感性の持ち主(?)である実優では物足りないだろう。というか、その推測が正解だった場合、今度は羽黒に指名で呼んでもらえたとしても微妙な気分になってしまう…。
 
 羽黒が蛍を指名するに至った真相はともかくとして、実優の中からは、今や蛍への激しい嫉妬が消えかけていた。羽黒に対する恋心や独占欲や客として惜しいという気持ちが全て消え失せた訳ではないが、何かこう…その為にコレ(蛍)と張り合うのか?と思うと…。

(なんか、ちょっとやだな…)

 この"ちょっとやだな"は、別に蛍とちょっと馴染んだからとかそういった好意的な意味ではなく、純粋な"こんな変なヤツと一緒にされたくない"である。小学校から大学まで内部進学の私立男子校育ちで、ずっと上級生から下級生にまで姫アイドル扱いでチヤホヤされてきたチワワは、そんじょそこらの天狗よりも鼻とプライドが高かった。
  
 しかしそんな物思いに耽る実優に、空気を読まない蛍の魔の手が迫る。
 
「そういえばみひろ先輩、さっき羽黒様を狙ってたお客様って言ってましたけど、もしかして羽黒様の事が好きなんですか?」

 鈍いのかと舐めていた蛍からのいきなりのストレートにゴフッとなる実優。てっきり聞き流してたか忘れているかと思っていたから油断していた。しかし気を取り直して、ポーカーフェイス(のつもり)で蛍に返事をした。

「別に好きとかじゃないよ!本指になれば美味しいお客様ってだけだから!」

「あ、そうだったんですか。確かに毎回美味しいですね…。一昨日は『王城』の中華三昧だったし、今日は『金の秤』でタンシチューの食べ比べをしようって約束してるんですよ。あっ、みひろ先輩、タンシチュー好きですか?参加します?タンシチューの宴」

 ここで解説すると、『金の秤』とは、近隣にあるシチューの名店である。因みにグルメサイトでの評価は常に星4.6以上。ちょっと興味の湧く実優。しかし…。

「タンシチューは好きだけど…ごめん、何の話?」

「美味しいお客様ってのはわかるって話ですけど…」

「あ~、確かにお前がVIP居ると出前やらウーバーの出入り激しいもんね!…って、僕が言ったのはそういう意味の美味しいじゃないよ…」

 実優の返しにキョトンとする蛍を見て気づく。あ、コイツ、人の言葉を額面通りにしか受け取れない人間なんだと。しかもその割りには嫌味も通じない。どんなメンタルだこれ、と脱力する。そして、コレを相手にして楽しそうにしている羽黒に対して思う。
 そりゃこんな変わり者をわざわざ指名するような客がありきたりな色仕掛けなんかに引っかかってくれる訳が無かったよなと。

 しみじみ思う実優。
 しかしそんな実優の思いを他所に、蛍の話はまだ続いていた。

「う~んと…とりまタンシチューは好きって事ですよね!じゃあ、羽黒様がいらしたらみひろ先輩を呼んでくれるように頼んでみますね!」

「あ。いやそれは…」

自分は羽黒様の席にはヘルプも禁止なんだ、と言う前にスタッフが「朝礼始まります」と言いに来て、ホールに急ぐ為に会話は中断された。

(まあいっか。アイツが言っても羽黒様が嫌がるだろうし。それに、社交辞令だろうしもう忘れてるでしょ…)

そう高を括る実優。しかしその後。
  
 朝礼終了後、早速来店した羽黒により、蛍は早々に待機席から抜かれた。その頃には話の続きが出来なかった事も忘れていた実優だったのだが、それから30分後に黒服スタッフが呼びに来た「VIPに場内指名です」の一言で蛍との会話を思い出した。
 永久ヘルプ禁止からのまさかの場内指名に驚く実優、事情を全て知っているスタッフ達も困惑顔。しかし呼ばれたからには行かねばならない。

 重い足取りでVIPに向かった実優を待っていたのは、
 
「みひろ先輩、タンシチューもビーフシチューも熱々ですよ!早く食べましょー!」

と満面の笑顔の蛍と、その奥で穏やかな笑みを浮かべながらも刺すような視線で実優を見ている羽黒の姿だった。

 











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