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13 初めての宝石箱

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「おう…羽黒さま!!」

 林店長に何度も言われたにも関わらず、顔を見た途端に条件反射で王子さま!!と呼んでしまいそうになった蛍。ちゃんと途中で林店長の顔を思い出して踏みとどまった。よくやった。進歩じゃん。

「ほんとに来てくれたんですね!」

 待機席で小腹を減らして俯き、しおれかけた百合の如き儚げ美青年というていだったのはどこへやら。大輪のひまわりのようない~い笑顔で、足早に羽黒王子の座るシートに向かい、彼の左側に腰を下ろした。羽黒王子もにっこり上品な笑みを浮かべて答える。

「約束したからね」

「ありがとうございます!一昨日も、ご馳走様でした。お土産のお寿司、母といただきました。すっっっ……っごく、美味しかったですっ!!」

 ご馳走になった事と土産を持たせてもらった事への感謝を、礼儀正しく述べる蛍。特にお高いお寿司の美味しさへの感動は、並々ならぬものとなった。

「それは良かった。お母様も喜んで下さったんだね」

「そりゃあもう!『ほら見てこのイカ。やっぱりいつもスーパーで買うのとは透明感が違うわよね』って、めちゃくちゃ感動してました!!」

「へえ、イカに…」

 母の真似をしながら嬉々として語る蛍の話にウンウンと相槌を打ちながら、羽黒は少し思った。
 あの錚々たるネタ達の中から、感想を語るチョイスがイカなのかと。中トロ大トロウニに鰤にハマチを始めとした、寿司ネタオールスター総出演状態の中から、よりによってイカ。いや、イカ美味しいけど。
 しかしまあ、蛍の母はイカが特に好きなのだろう。そう思った羽黒は、

「お母様はイカが好物なんだね」

 と言って頷いた。蛍はそれに元気よく答える。

「いえ、母はハマチが一番好きで、イカはソコソコの筈です!」
 
「…そうなんだね」

 ソコソコだった。

 羽黒は推測が外れてしまった事にほんの少しだけガッカリしたが、すぐに気を取り直して言った。

「そうだ、ほたるくん。甘いものは好きかな?」

「はい?はい、好きです!」

「良かった。実は今日、知り合いの店に寄る事があってね。気に入ってくれると良いんだけど」

 そう言ってテーブルの上に載っている紙袋を蛍の前にススッと寄せる羽黒。蛍が袋の中を覗くと、そこには黒地にオレンジの花模様の入った、正方形に近いボックスがあった。細い金色のリボンがかかっていているのがお洒落。
 甘いものという事は、何らかの食べ物確定だと目を輝かせる蛍。

「え、ありがとうございます!開けても良いんですか?」

「勿論」

 羽黒王子が頷くのを見て、蛍はいそいそとボックスを取り出す。袋を畳んで横に置き、ボックスにかかっているリボンを解くと、それが3段の引き出しになっているのに気づいた。一番上の蓋をパカッと開けると、行儀良く並んだ綺麗なチョコレート達。

「うわあぁあ」

 あまりの感動に身を震わせる蛍。

「すっ、すっごい!きれーい!美味しそう!!」

 歓声をあげながら2段目と3段目も開けると、そこにはナッツやドライフルーツが乗っていたりプレート状のものなど、1段目とは別の種類のチョコレートが詰められていた。蛍の20年の人生の中、口にした事があるチョコレートといえば、休憩時間にたまに配られる大袋に入った個包装の小粒チョコ。あとは、働いていた工場で作っていた駄菓子のチョコレート菓子くらい。やや高いものなら昔バレンタインにもらった小箱のチョコレートもあったが、如何せん小中学生の頃の事なので、そう高価な物ではないと思われる。
 節約生活を送って来たゆえにデパートや百貨店に行く事も無く、贅沢品を目にする事も無かった蛍にとって、このチョコレート3段ボックスはまるで宝石箱のように思えた。家で待つ母に早く見せてやりたい。

「ありがとうございます…母さんと大事に食べます」

 チョコレートに見蕩れながら、噛みしめるように礼を言う蛍。

「どういたしまして」

 羽黒はそう返しながら、蛍が母親をとても大切にしている事を再確認したような気持ちになった。
 一方蛍は、チョコレートはとても嬉しいのだが、こんな素敵なものをバクバク食べる訳にもいかないな…なんて考えていた。でも我慢出来ず、とりあえずまん丸い一粒をそっと摘んで口に入れてみた。チョコレートは舌の上ですぐにトロリと蕩ける。

 (頬っぺた落ちそう…!)

 甘さの与えてくれるあまりの多幸感に、蛍は左手で頬を押さえた。こんなの初めて!!と、脳と体が叫んでいる。チョコレートと同じように表情筋がトロンと溶けて緩む。
 そんな蛍を、目を細めて観察していた羽黒王子。

「美味しそうだなあ…」

 と呟いて、まだチョコレートの余韻に浸っている蛍の右頬に軽くキスをした。
 
「…?」

 突然の頬チューに少し時が止まる蛍。

(ん?なに、いまの?)

 頬の違和感はすぐに消えたのだが、確認の為に右を向いてみる。するとそこには羽黒王子の端正な顔のどアップがあった。控え目に言って、そろそろ唇同士がくっついてしまいそうな近さだ。そんな超近距離で羽黒のような超美男子に見つめられると普通は心臓のひとつも高鳴らせそうなものなのだが、蛍はブレなかった。

「甘いものを食べたから、麻婆豆腐とか激辛カレーが食べたいです!!」

「…」

 羽黒は聖人のような微笑みを浮かべて、テーブル上のワイヤレスコールを押した。



 



 


 
 





 
 

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