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17 望むのは
しおりを挟むこの世に神様ってのが本当にいるのなら、教えて欲しい。
どうしてバース性なんてややこしいもの迄生み出さなきゃならなかったのか。
何故、突然変異でその性が変わったりする人間が現れるのか。
何故、Ωなんて厄介な性がこの世にあるのか。
何故
心とは裏腹に、求め合わずにはいられないαとΩがいるのか。
何故
運命の番なんていう、厄介なものがあるのか。
もう食欲は全く失せていた。
「俺とお前が…運命の番だって、お前は言うのか。」
「俺はそう思ってます。」
「変異しなければΩにならなかった俺がか?
そんな事、あるかな。
じゃあ、俺が変異してなかったとしたら、お前には運命の番はいなかったって事になるのか?」
確かに俺の体はお前を拒否出来ないようだ。
寧ろ、求めているようだ。
体は。
でも、俺の心はお前に傷つけられたあの日のままだと、真田。お前には、理解出来ないんだな。
お前のような…あまりに自分本位に生きられる奴には、奪われる側の気持ちはきっと一生わからない。
俺の尊厳を踏み躙ったって自覚すらないんだろうから。
俺はお前と同じαという種の人間なのに、限りなく俺を尊重してくれる人間を、もう知っているんだ。
やっぱりお前のように全てに恵まれていながらも、奪うばかりじゃなくて、与えながら生きている。そんな人を知っている。
その人の優しさと、太陽のような暖かさを知っている。
お前とは対極のαだ。
これは育ちがどうのって問題じゃない。個人の資質だ。
俺は千道の、俺に触れる事にさえ、そっと注意を払う細やかさを思った。
こんな俺なんかに、壊れ物みたいに触れてくる優しい手。
初夏の風に乗って香ってくる果実のような、心地よい爽やかな香り。
決して真田の匂いのように、直ぐに官能を呼び起こされる訳ではないけれど、俺には似合いかもしれない、鼻を心地良く擽る…そんな。
思い出して、涙が出そうになった。
最近では、彼を受け入れてみたいと、受け入れても良いのではないかと、何度も自分に問いかけていたのではなかったか。
千道は態度の悪い俺に腹を立てるでも無く、イラつくでもなく、毎日毎回、根気強く、穏やかでひたむきな気持ちをくれていたのだ。
真田にマーキングされていても千道に拒否反応を示さなくなったのは、きっと俺自身の心が、許していたからなんだろう。
「済まないが、俺にはお前が俺の運命だとは思えないよ。」
俺がそう告げると、真田の片眉がピクリと吊り上がった。
「どうしてですか?
貴方にも、俺の匂いは届いてますよね?」
俺の嗅覚の鈍さを知っていて言ってるんだろう。
「そうだな。纏わりついてくるよ、ずっと。
お前の言う通り、俺の体にとっては運命の相手なのかもしれないな。」
「…何が言いたいんです?」
「言って良いのか。」
真田はプライドが高い。
口にしてしまえば、きっと二度と俺をあのマンションには帰してはくれないかもしれない。
莉乃と2人、真田の庇護下に置かれ、俺に至っては徹底的に外部との接触を遮断されるだろう。
真田はαの中でも、特に執念深く執着心が強いと感じた。
自分の子とわかったからには、莉乃の事も、きっと…。
俺と莉乃の、ささやかな自由は奪われる。
変異とトラウマで全てを捨てた俺が、やっと築き上げた、娘との穏やかな暮らしが。
そんなのは、もう耐えられないと思った。
「俺が望むのは一方的に占有される関係じゃない。」
そう告げると、真田はまた薄く笑う。
「でもその方がラクでしょう。Ωは。」
そう、それが本音だろう。
俺を好きなのは嘘じゃないんだろうが、結局根底にあるのはそれだ。
Ωは、αに囲われて従順に生きていろと言う、傲慢さ。
真田、お前は本当に、αらしいαだよ。
「お前は…俺がΩだから、欲しいんだな…。」
俺が自嘲気味に言うと、真田の答えに少し間が生まれた。
「否定はしませんが、それは偶発的な結果です。
貴方がΩでなくても、欲した。」
「じゃあβのままでも良かったと仮定して、βの俺にも同じような扱いをするのか?」
「それは…、」
「少なくとも、βだからその方がラクだろう、なんて言い方はされなかったよな。
Ωになったから、接し方を変えたんだよな。
βより、Ωは隷属させて良い生き物になった…そう思ったんだよな。」
「違います、俺は只、貴方達に…貴方達に苦労をさせずに幸せに過ごして欲しいと、」
「なら放っておいてくれないか。」
俺はそう言って、真田の手から自分の手首を外した。
「お前の気持ちはわかった。苦労させたくないと思ってくれてありがとう。
でも、お前の思う俺達の幸せと、俺が望む幸せはあまりにも違いすぎる。」
真田が唇を噛んだのが見えた。
「俺は、誰かに依存して生きたい訳じゃない。そういうΩがお望みなら他をあたってくれ。
俺は、そういう関係になる相手とは、対等でいたい。
番になっても、ならなくても。」
「…俺は、貴方だから欲しいのに…。」
「…もう、Ωになった俺だから、だろう。」
「……相変わらず、頑固な人だ。」
真田は呆れたように肩を竦めた。
きっと図星だったと、自分でも思ったんだろう。
「諦めませんよ、俺は。」
そう言った真田の強い瞳には、先程迄とは違い、僅かな寂寥が見て取れて、言い過ぎたかと思う。
けれど、俺の言葉は真田の色々な何かを殺ぐ効果はあったようで、先程迄部屋中に充満して息苦しい程だった禍々しい迄の匂いも重圧も、綺麗に霧散していた。
「諦めません。
でも、暫くは口説くのはやめてあげましょう。」
断られたのにそんな尊大な物言いをする真田に笑ってしまう。
「いい加減諦めてくれ。
お前はもっと反省すべきだ。」
俺がそう言うと、真田は急に神妙な顔になった。
「そうですね。
貴方を手に入れたくて、焦りました。
傷つけてしまって、申し訳ありませんでした。
貴方の前では、抑制剤も何の意味もなさなかった。」
真田はそう謝罪しながら頭を下げる。
俺はそれを見て、複雑な気分だった。
謝罪されたから、あの日の痛みが消える訳じゃない。
誰にも言えなかった辛さが、苦しさが、不安が軽減する訳じゃない。
謝罪してる本人だって、本当にどれだけ反省しているかなんて、わかりはしない。
被害者の気持ちの一万分の一も、理解なんか出来る筈もない。
許せる訳はなかった。
でも真田も、俺の匂いにアテられたのだから、無自覚だったとはいえ俺にも非は…あるのだと、思う事にした。
普通なら許せない犯罪だ。
しかし、αだって無防備でいる訳じゃない。抑制剤を服用したり、Ωに対する対策はしている人が多いと聞く。
真田もそうだったのなら、その上でも尚、俺の匂いに惹かれたというのなら、もうそれは、真田だけのせいにしてやるのも気の毒だろう。
抑制剤服用して尚、そんなにも我を失う程に理性を奪われたと言うのなら、確かに俺達は運命なのかもしれない。
抗えない程のΩのヒートの匂い。
それに呼応する、αの匂い。そしてお互いの発情した匂いに、雁字搦めになり、離れられなくなる。
お互いの匂いが、セックスの快楽の記憶に直結するから、余計に、求め合ってしまい、更に魂迄も融合させる程の享楽に耽る。
今、覚醒している状態の俺がヒートを起こして真田と番えば、きっとそんな地獄のような悦楽を味わう事になって、本当に真田に骨抜きにされて離れられなくなるんだろうと容易に想像がつく。
でも、俺はそんなものは選ばない。
俺の求めるものは、そんなものじゃない。
単に体で籠絡される事を望んでいる訳じゃない。
俺が求めるものは……。
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