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2 Ωとして生きること
しおりを挟む俺は元カノだった真由にポツポツと話した。
会社帰りに男に襲われた事。
相手の顔すらわからなかった事。
自分がそんな目に遭った事を認めるのに、時間がかかり過ぎた事。
男という男に拒否反応が出てしまい、仕事もままならなくなってしまった事。
それで会社に迷惑をかけてしまったのをきっかけに、出社出来なくなり辞めてしまった事。
体の不調がどうにもならなくなり、限界を感じ病院に行ったらΩへの変異を告げられた事。
そして、どうやらその変異が完全に完了してしまったらしき時期に、襲われて不幸にも妊娠してしまったのだと。
これは医師には言えなかった。
医師は女性だったし、初対面だった。被害を口にするのは恥ずかしかった。
かといって男性の医師だったなら、俺は診察もまともに受けられはしなかっただろうけど。
βからのΩ変異という事は気の毒そうにされたが、既に堕胎可能な時期を過ぎてしまっている事には自己管理を疑われた感があったのも、俺を臆病にした。
全てを聞いた真由は、チューハイの缶を握って少し涙ぐんでいた。
「……そっか。そうだったんだ。
そりゃ言えないわよね…。私だって言えないかもしれないわ。」
「ごめん、話さなかった癖に、今更。
いっぱいいっぱいになって、誰かに聞いて欲しかった。」
「…咲太…。」
真由は俺の手を握った。
なのに俺は、その久々の真由との接触にも性的なものは全く何も感じなかった。
これがΩ化という事なんだろうか。
Ω化でホルモンバランスが変わり、妊娠した事で更に変わり…女性に性的欲求を感じなく、なった?
俺はもう、男ではないんだろうか?
ゾクッと背筋が寒くなる。
あの日から、信じてきたセクシャリティの全てが覆されっぱなしだ。
Ωであっても、俺には変わらずペニスがついていて、決して中性的にも女性的にもなってはいないというのに。
真由に握ってもらった手も、今感じるのは信頼感と安心感、そして感謝。
絶対に自分に性的危害を加えないであろうというところが基準になってしまったようで。
「咲太。もうパートナーには戻れないけど、元カノのよしみでサポートするから。頑張って産もうね。」
「産む…?」
彼女の言葉に、一瞬戸惑う。
そうだ。腹の子は、もうここに生きていて、産むのは俺だ。そんな当たり前の事が、今更ながら重くのしかかってきた。
怖いな。痛いんだろ。
一生、味わう事なんかないと思っていた。
その内 結婚でもしたら、嫁さんに2人くらいは子供を産んでもらって…なんて気軽に考えていた自分の浅はかさを恥じた。仕込むだけの立場でよかった時と今では、もう全くそんな風には考えられない。
只、怖くて堪らない。
当然、望んでした妊娠ではない。
しかも、何処の馬の骨の種かわからない赤ん坊を、堕胎不可だから産む。
そして、産んだら終わり、ではないのだ。
無職で、自己都合退職だから失業保険は既に切れていて、貯金を食い潰しながら生活している。
産んで、その後どうするんだ。育てる?俺が?
自分一人、生きていけるかも不安に思ってるのに?
とてもじゃないが想像出来ない。
経緯が経緯だから、子供に愛情を持てる気もしない。
養子に出す選択をする方が現実的かもしれない。
それでも、取り敢えず産むしかない事だけは避けられない事実だ。
体がカタカタ震えるのがわかった。
それを見た真由が、背中を撫でてくれる。
「よくわかんない事ばかりが一気に起きて、辛かったよね。
咲太は何でも1人で何とかしようとするから…。」
性格的なものだろうか。
別れた時には付き合って丸4年になっていた真由は、同い年なのに姉のように面倒見が良かった。
だから、ある日突然、話さなくなった俺にも、取り敢えずは5ヶ月近くは世話を焼き、根気強く会話を試みてくれていたのだ。
なのに俺は小さなプライドから頑なに語らず、彼女迄をも疲弊させ、結果去らせてしまった。
そんな申し訳無い事をしたのに、彼女はこんな俺を助けてくれるという。
ありがたかった。
真由からすれば、俺はもう元カレや男というより、辛い目に遭った気の毒な同性の友人、という感じになっていそうだ。
実際、同じ苦しみを共有するからこそΩ男性は女性に受け入れられ易い側面があると後から知った。
「乱暴された事、誰にも知られたくないんだ。」
俺は震える声で言った。
「わかってる。当たり前だよね。
…でも、悔しいね。」
真由の声には静かな憤りがあった。
俺はそれに、何故だか救われた気がした。
悔しさを、辛さを、理解してくれようとする人がいる。
俺に起きた理不尽に、憤ってくれる人がいる。
俺は孤独じゃなかった。
被害届は出せるかもしれないが、犯人なんか 今更見つからないだろう。
せめて只のβの男のままだったなら見ずに済んだ憂き目に、納得できず世の中を恨んで泣く、今日みたいな日が続くかもしれない。
悔しくても割り切れなくても、死を選ばないと決めたなら、どうにか飲み込んで今を乗り切っていくしかないのかもしれない。
そう思いながら、それでも俺は何とか気持ちに折り合いをつけ、数ヶ月後、真由や彼女の友人達のサポートのお陰で、無事に女の子を出産した。
数時間の苦悶の末、やっと産まれた小さな小さな赤ん坊を見た時、俺は既に来ていた数件の養子縁組の話を全て断り、自分で育てようと決めた。
子供の事を考えるなら、きっと両親2人揃った家庭に迎えてもらう方が良いんだろう。
皆そう言うと思う。
でもこの子は"俺の"子供なんだ。
この子が俺の、たった一人の家族なんだ。
この子にとっても、俺はたった一人の親なんだ。
男のΩは父親にも母親にもなれるのだから、俺がどちらもやれば良い。
そう決めたら、迷いが消えた。
娘が産まれて暫くは育児で仕事どころではなかったが、1歳になる頃には申し込んでいた認可保育園に運良く空きが出た。
そのタイミングで真由の伝手で紹介された、シングルマザーに理解のある会社に何とか再就職を果たした。
そして、娘の入園した保育園を介して出会ったのが、千道 名城 (せんどう なしろ)。
男嫌いで冴えない子持ちΩの俺を、何が何でも自分の番にしたがって顔を合わせる度に口説いてくる、超絶奇特な趣味を持つ物凄く変わったイケメン。
2歳下の、俗に言うハイスペチートαである。
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