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7 お互い無傷な訳じゃない
しおりを挟む俺の事が好きだから、番になられる前に引き離さなければと思った、と。
そう、明石は言った。
だから佳也に色目を使ったのだと。
気を引いて気持ちを自分に向けさせる事に成功したら、別れるだろうと、安易に考えたらしい。
別れさせてしまって、交際を求められてもそんな気は無かった、で切り抜けるつもりだった。
体の関係さえなければ、いくらでもとぼけられると。
中々に姑息だ。
明石って、そういうタイプだったのか。
と言うか、何そのベタな計画。
お前本当にα?
明石が本当にαかどうかは別として、つまり、とにかく明石には、佳也が邪魔だったのだそうだ。
あの日は有給を取って親戚の披露宴に出席し、幸せそうな若夫婦を見ていたら、急に俺に会いたくなったらしい。(何故だよ…。)
それで俺の会社帰りを狙おうと考えて、時間を潰す為に近所のカフェに入ったら、偶然買い物帰りで先にいた佳也と会った。
それで、上がって待ってたらどうかと誘われ、仕方無いので部屋で待つ事にしたらしいが、そこからが不味かった。
佳也は明石が自分に気があると思っているからか、2人きりの空間に佳也からの匂いが漂い出した。
佳也が誘惑しようと故意にやったのかどうかはわからない。
わからないが、気がついたらセックスしていた…。
とまあ、こんな感じらしい。
「あきがいなくなった後…凄い喧嘩になって…。
佳也君も、本気で俺とどうこうなる気は無かったみたいなんだ。
あっちはあっちで、実は俺があきを好きで自分にコナかけてるのを、わかってたみたいで。」
「…へえ~…。」
「それで、ちょっと引っかかってやるフリをして、自分に惚れさせてあきから俺を引き剥がす算段だったんだって。
何でマジで突っ込んでるんだよって泣きながら怒鳴られた。」
「……。」
「お互い同じ事考えてたんだ。蹴落としたいって。」
「へ…へぇ…そう。」
そんな事を聞かされても、俺はどうしたら。
ポカンだよ。
俺はてっきり2人が浮気してるものとばかり……、
いや、してるな。浮気はされてる。間違いない、見た。
どんなつもりでもそこはヤっちゃってるから消しようはない。一部屋の中にいたαとΩが、本能に負けただけの事だ。
それで、実際の内情がどうでも俺にはもう何とも言えない。
そんなのを今更知ったからって、時間が巻き戻せる訳では無いし、そんなつもりが無かった割りにはノリノリだった佳也と明石を許せる訳でもない。
そっか~、2人とも実は俺の事が~?
なんておめでたいお花畑頭も持ち合わせていない。
浮気しといて、ホントに好きなのはお前だぜ☆とか、そういうのは通用しないのだ。
それに、その どこ迄が本当なんだかわからないような話を真に受ける程、俺は自惚れてはいない。
自分の程度は把握しているつもりだ。
「あきに連絡がつかなかったこの1週間、生きた心地がしなかった。」
あ~、ブロックも着拒もしたからなぁ。
「あきを傷つけたのはわかってる。いくらでも頭を下げる。土下座でも何でもする。
許してくれなくても良い。
だけど、繋がりを絶たれるのは耐えられない。」
「…と言われても…。会ったりすると不快になるしさ…。
縁切りしないとお前の名前や顔見る度に、俺がこの不快感を我慢しないといけないって事だよな?
ヤダよ~、そんなの。あはっ」
「あき…。」
口にしたのは本心だ。
お前ら2人の事情に付き合って忘れた振りをしてやれる程、俺はできた人間じゃない。
「お別れだ、明石。」
「いや、嫌だ、俺は絶対にお前から…」
「仮にも友達だったお前を、今以上に嫌いにさせないでよ。」
「……ッ」
「今迄ありがとう。」
「……。」
俺が頭を下げると、明石は暫く座っていたが、俺が頭を上げる気配が無いのを悟ったのか、レシートを持って席を立った。
「あ、すいません、此方は別で払います。」
レジの店員に少し大声で言うと、明石はバッと振り返ったが、その時には俺はもう反対側の壁を向いていた。
「…最後にカッコつけさせてもくれないんだな。」
小さく呟くのが聴こえたけれど、コーヒーの一杯程度の金額でつく格好なんて知れてるだろうに。
背後でドアベルの音がして、明石が店を出て行ったのだとわかった。
ほっ、と息を吐いてテーブルに向き直る。
向かいの席には半分以上残ったコーヒーカップ。
使われなかった灰皿。
明石とは、社会人になってからの付き合いだった。
一度誘われた合コンで、女の子より先に俺に声を掛けてきて、
『今は恋人より友達が欲しいんです。』と、笑っていた。
確かに、学生時代と違って社会人になると、余程多趣味だったり社交的じゃなければ、社外の人間や仕事とは無関係の人達とは出会う機会が一気に減る。
そうか、交友関係を求める人もいるんだなと思った。
出不精な俺を、色々な場所へ連れ出してくれた。
恋人と暮らしてる間も変わらず付き合ってくれたし、別れた時には酒に付き合ってくれた事もある。
ある恋人と別れた時には、マンスリーマンションを借りる前に数日世話になった事もあるし、何かと気のつく気のいい奴だと思っていた。
ヘビースモーカーで煙草を手放せないのに、俺と2人で居る時は、絶対に喫わなかった。
「良い奴、だったよな…。」
そう。良い奴だった。
元友人達や元恋人達が、悪人だった訳じゃないんだ、きっと。
じゃあ、何が悪かったんだろう。
「俺が、悪かったのかなあ…。」
彼らとの関係を断つ時、俺の心だって血を流しているのを、彼らは知っているだろうか。
一方的に切り捨てる冷酷な奴だと、恨まれているだろうか。
俺にはわからない。
わからないけれど、今夜も俺はきっと、風呂で泣くんだろう。
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