トライアングルの真ん中で

Q.➽

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16 妥協点

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「謝罪は受け入れたけど、やっぱ俺達…、」

「わかった。ではこうしよう。」

湯木に被せるように言葉を重ねるアーノルド。
こうするとはどういう事だ、と皆がアーノルドを見た。

「ユギ。そなたとミツルはこの世界では降り者という異世界人。どうしても神殿か王家かの管理下にはいてもらわねばならぬ。」

「……。」

それに頷くレイスと、仕方ないなという面持ちの充、不満げな湯木。

「王家か神殿に、というのはそなたらのような者達を保護する為なのだ。
我が国は他国に比べ排他的ではないが、それでも全ての民が理解あるとは限らぬ。」

「……ああ。」

「ユギ。僕は縁あってこの世界でいち早くそなたと出会った。
そんなそなたと、そなたの大切なミツルが僕の目の届かぬ所で悪意に晒されるのは望まぬ。」

自分だけではなくミツルが、という事に湯木は反応を示した。
相手の弱く柔い部分をじわじわと攻めるあたりは、何時もながら年齢にそぐわぬ老獪さだ、とレイスはアーノルドを見た。
相手に寄り添う姿勢を見せておいて袖の内に取り込むのはエルストゥス王家の十八番だ。

「しかしそなた達の気持ちも尊重したい。
どうだろうか、神殿の敷地内にある邸に住んで、日中は神殿に側仕えとして通うという事では。」

「ちょ、王太子様…!」

敷地内とはいえ神殿から出し、二人で住まわせる?しかも側仕えとして出仕するのは充だけではなく湯木も一緒なのか?と、レイスは戸惑ってアーノルドに異を唱えようとした。だが、それにアーノルドは呆れたように返した。

「あのな、レイス。
公私混同はやめろ。充だけを特別に囲い込んで、どうしようというつもりだ。」

「……それは…。」

「僕やそなたのすべき事は、降り者の保護と管理だ。
それに…二人が旧知の仲であり、経緯はどうあれ共にある事を選んだのなら、それを妨げる理由もあるまい。」

「……。」

この王太子の、こういう所がレイスは苦手だった。
ふわふわと本気か遊びかわからないような好意をチラつかせながら自分に付き纏ってくる癖に、いざという時には一切の忖度もしてくれない。
こんな男の好意をまともに受けて妙な関係に陥っても、都合が悪くなるとバッサリと関係を精算されてしまうではないか。
そして、レイスには実際、二百年以上前にそういう事があったのだ、
アーノルドによく似た、アーノルドの先祖にあたる王子と恋仲になり、彼が王位を継ぐにあたり別れを余儀なくされ、彼が老いて死にゆくのを見送った経験が。
自分に愛を囁いていた彼が、妃を娶り、子を成していくのを、レイスがどんな気持ちで見ていた事か。この、彼と同じ立場にある年若い王太子は知らない。知らせる気もない。
そして、彼よりも浮薄に思えるアーノルドの誘いに答える気もなかった。
立場ある者と関わるのはもう真っ平だ。

そんな風に全ての感情を捨てて長い時を生きてきたレイスが、久方振りに心を動かされたのが、今回降り者として保護した充だった。
星降りを見て、森の中で倒れている充の姿をみつけた時、天が孤独な自分に与えてくれた愛し子だと思った。開いた純粋な瞳に、暫く振りに心を動かされた。
この降り者であるいたいけな青年は、誰かの庇護無しにはこの世界では生きられない。それならば、世界で最もと言って良い力を持つ自分の懐に入れて護り、愛しみ、今度こそ愛する者の生涯をその一番近くで見守りたい。

レイスが異世界人である充に心惹かれ、執着している最大の理由は、そういう事だった。
長い時間を生きるレイスはもう、自分だけの、裏切らない者が欲しかったのだ。
例え一時の手慰みのようなものでも、そんな穏やかな時間を望んだ。

しかしそれは充を追って降ってきた湯木に、呆気なく砕かれた。
しかも湯木は災禍を呼ぶと言われる凶星であったのだから、そんな者にせっかく天から託されたと思った充を奪われるのは我慢ならないと、年甲斐も無く湯木に敵愾心を露わに接してしまった自覚はある。

だが、だがそれでも、アーノルドの提案には納得したくなかった。けれど、それが皆により良い妥協点である事も理解できた。
だから余計に、アーノルドが苦手だ。
否と言えない提案をしてくる姿が、どうしても 彼を思い起こさせるから。




「……わかりました。それで良しとしましょう。」

結果としてレイスは、諦めたようにアーノルドの提案を飲んだ。
充はホッとしたように笑顔になったが、湯木がそこで訝しげに口を開いた。

「充は神殿の手伝いみたいな事するって事だよな。
でもさ、俺は何したら良いんだ?
だって、銀髪が言ってた通りなら、俺はこの世界の神様には相反する存在って事なんじゃねえの?
禍々しいって、つまり悪魔みたいなもんなんだよな?」

悪魔というか、魔王なんだが…と思ったアーノルドとレイスだが、湯木本人にその自覚が無いのならそれを教えてやるのもどうか、と口を噤む。
二人としては、湯木が覚醒してしまうのは避けたい。覚醒したからと言って必ずしも世界を滅亡させる破壊行動を起こすとは限らないが、そのまま意識の奥底に眠らせていてくれるものならその方が良いのだ。

その為に充と引き離すのを諦めるのだから、とレイスは唇を噛んだ。

そして、そんなレイスを横目で一瞥して、アーノルドは溜息を吐く。


「…ユギが心穏やかに過ごしてくれる分には魔力があっても問題は無い。
だが、そうだな。神殿内に相反する力をというのも、尤もな事だ。」

他国よりも降り者が手厚く保護されるエルストゥスでは、降り者達は必ずしも職に就く必要はない。

だが、湯木のような危うい存在の降り者の場合は、何かしらの職という名の監視は必要かもしれない。
無害そうな充よりも、ずっと。

暫し腕組みをしながらそう考えていたアーノルドは、ふと思いついたように言った。

「では、ユギには神殿周辺の護衛でもしてもらおう。騎士なんてどうだ?」

ユギは見た所、身体能力も優れている。常人などより何倍も速く剣技を習得するだろう。
そうなれば、世界最高の神聖力と世界最凶の魔力での双方の守護を得る事になるエルストゥスは不可侵の国になれる。

そう、アーノルドは考えたのだった。




















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