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モブから下積みして、苦節〇年。
ダイエットの成果もあったのか、めでたく来季のオメガバース連載小説の主役に抜擢された。

オーディションでは大抵良いところまでは行くのに、落ちてばっかりだった俺のもとに来る役は、主人公の友達だったりクラスメイトだったり主人公のよく行く店の店員だったり、とにかく無毒無害なインパクトに欠ける役柄ばかり。有難い事に演技力は評価されてるから、主役は取れなくても毎回何らかの役は貰えた。
そんな日常を過ごしていたある日、俺は考えた。

もしかして、外見にインパクトが足りないから可もなく不可もない役しか来ないんじゃない?

自慢じゃないが、子供の頃から容姿には自信があった。周りからは可愛いと言われてたし、成長した今だってそれなりにモテてる。
ルックスに問題は無い筈だとタカを括っていた。
だからこそ何時もいい線迄行くんだし。
けれど、主役を張るには何かが足りないのかもしれない。今迄の結果が全てを物語ってる。

俺は鏡の前に立ち、自分の姿を眺めた。
白い肌、少し色素の薄い髪と瞳、長い睫毛。目鼻立ちは勿論整ってる。

(この何処に問題点が…?)

俺は鏡の中の自分を凝視しながら考え。
そして、閃いた。

「そっか!もしかして、もう少し絞った方が良いのかも!」

いや、誤解しないで欲しいんだけど、別に俺は太ってはいない。もっと言うなら、やや細身の方。
でも、並み居るキャラ候補達の中にあっては、普通…に見えるのかもと思ったのだ。
その日から、俺はダイエットを始めた。
太る体質でもないからダイエットと無縁だった俺は、何か良さげな方法はないかとネット検索をして、比較的ラクに痩せられそうだと通販で超低カロリーを謳った、お湯を注いで食すダイエット食品をポチッた。
それは幾つもの味のバリエーションがあり、且つなかなか美味かった為、朝と夜をそれに置き換えて2ヶ月程で6キロ程のダイエットに成功した。
すると、なんという事でしょう。
鏡の中には、何処から見ても折れそうに華奢で頼り無さげで庇護欲を誘う、儚なげ~な美形キャラが。
顔も一回り小さくなって、目が大きくなって、前よりも睫毛が目立つ。

(なかなかの仕上がりなんじゃねえか?)

とニヤニヤ。
次はどんな話のオーディションがあったっけ、と思ってたら、所属プロダクションから連絡が入った。
こないだ端役で出た作品を見た何処ぞの字書きから、俺に主役のオファーが来たという。

悲恋ものの不憫受け美形主人公で、俺が主役のイメージにぴったりらしい。
オーディション自体はこれから行うらしく、主役を俺が受ければ相手役とその他を決める事になるという。

勿論、俺は乗った。当然だ。こんなチャンス、乗らない方がおかしい。
痩せてよかった!!努力は裏切らないって本当だったんだ!!

俺は嬉々としてプロダクションに向かい、字書き側との契約書にサインをした。

それから1ヶ月後にはオーディションで相手役その他のキャラが決まり、後は3ヶ月後から始まる連載に備えるばかりになった。


主役を射止めたラッキーボーイとして、俺には友人知人達からお祝いの飲み会を開いてもらったり、食事を奢ってもらったりする機会が増えた。
祝ってくれるものを無碍には出来ないから、俺は毎度毎度のこのこ出かけていってはご馳走になった。飲みの席にも食事の席にも、全然知らない奴も同席していたが、人生初の主役に受かれていた俺は一切気にしなかった。知らない俺をわざわざ祝いに来てくれる人が悪い人間な筈が無いし、知らないならこれから友達になれば良いだけの話だ。
昼間は他の仕事をこなしながら、夜はそんな風に過ごしていて、約1ヶ月。

プロダクションから呼び出しが掛かった。



「失礼します。繭原です。」

ドアをノックすると、中から入りなさいと言われたので入る。
中には久しぶりに見る社長と、キャラ仲間で付き合いの長いユーリがソファに座っていた。ユーリとはプライベートでも友達だし、現場もたまに一緒になる。なんなら今度俺が主役に決まってる作品でも、役が付いて共演が決まっていた。

ユーリと俺が呼ばれるって、俺達何かしたっけ?と思いながらソファに座った俺に、社長はいきなり辛辣な言葉を投げつけてきた。


「アンタ、ちょっと太ってない?」

キョトンとする俺。

「え?俺ですか?」 

「アンタしかいないでしょうが。」

俺はチラッと横のユーリを見たが、ユーリは前見た時と変わった様子は無い。
……え?て事は、マジで俺が言われてんの?

え~、まさか~。
だって俺はダイエットに成功して主役を射止めた男だぞ。

「社長、変な冗談言わないで下さいよ。」

俺は笑ってそう言った。
が、社長は溜息を吐いて、

「田中!」

と秘書の田中さんを呼んだ。田中さんはどこからともなくヘルスメーターを持って現れ、俺が座っているソファの横に置いた。

「上着脱いで乗ってみなさい。」

社長は苛立たしげにそう言って足を組んだ。そんなポーズをとる時の社長は、美人なのに魔女みたいに怖い。逆らったら面倒だな、と判断した俺は、大人しく上着と靴を脱いでヘルスメーターに乗った。

驚愕した。

ヘルスメーターの数字は、ダイエット前の体重より5キロも増えていた。

「う、うっそぉ…。」

「やっぱりね…。」

「ぅわ…。」

俺は頭に横から蹴りを食らったようなショックを受けて呆然とした。

「な、ななな…い、何時の間に?!」

テンパる俺に、横からヘルスメーターを覗き込んでいたユーリが、あ~…と何度か頷いた。

「何か思い当たる節でもあるの?」

社長がユーリに聞いて、煙草を咥えると横から田中さんがライターで火を点けた。相変わらず阿吽の呼吸だ。
しかし俺はそれどころじゃない。ヘルスメーターから下りて靴を履き、ユーリの隣に戻った。

「ここ最近、マユってば連日飲み会だったじゃん。」

「食事会の時もあったもん!」

「でもお酒頼んだら一緒でしょ。」

「うぐ…。」

確かに思い返してみれば…と、俺は記憶を手繰った。

食事前のワイン、美味かった。その後出てきた仔牛のステーキ、美味かった。飲みの高級居酒屋での駆け付けいっぱいのビール、美味かった。その後出てきた唐揚げ、餃子、飲み会後のラーメン、そして寝る前のカプ〇コ。


さああっと顔から血の気が引いていく。そう言えば最近、ちょっと肌も吹き出物が出来るようになって…寝不足かと思ってたけど、実は違った……?

黙り込んだ俺に、社長は煙草の煙を吹きかけながら言った。噎せる俺。うわ、と避けるユーリ。

「いい?繭原。アンタ、このままじゃ不味い事になるわよ。」

「ゴホッ…不味い事って…。」

「増えた分の体重を減らさなきゃ、最悪降板も有り得るから。」

「そんな!!」

「もうオーディションも済んじゃってるし、ギリギリになってからじゃスケジュール押さえられるキャラだって見つからないかもしれない。となれば、アンタを降ろしてユーリを代役に立てる事を進言しなきゃならなくなるわ。
ユーリなら役どころとしては主役と相手役に次ぐ3番手だし、押さえてるスケジュールもほぼ被ってるからね。」

ユーリを見ると、真っ青な顔をして、無理無理無理無理、と胸の前で両手を振っている。これはユーリなりの全力のノーサンキューだ。
ユーリは綺麗だけど少し顔立ちがキツくて、貰う役どころは大体主人公に対抗する役だ。主人公の彼氏の浮気相手だったり、悪役令息だったり、少し気が強くて性格悪げな。
けれど本人はそれで満足らしい。というのも、ユーリは見た目に反して気が優しい性格で、前に前にってタイプではないのだ。

物語の人気を左右する主役は荷が重い。責任の無いこれくらいの位置がちょうど良い、という事らしい。

「勘弁して下さい。」

「とはいえ、華奢で顔立ちが綺麗でウチが責任持ってスケジュール押さえられて、ってなると他にいないのよ。めぼしい子は皆他の作品に駆り出されてるし。」

「いや、でも僕はちょっと……。」

助けを求めるように泣きべそをかきながら俺を見るユーリ。いや、俺だって泣きたい。しかし俺は自業自得だけどユーリは俺のとばっちりなんだよな…。


「とにかく。」

社長は俺に向き直り、きつい口調で宣告した。

「連載開始の2ヶ月後迄に、出来る限り体重を落としなさい。せめて痩せる前の体重迄戻せば何とか誤魔化せるから。」

「てことは、最低5キロ…。」

愕然としながら呟いた俺に、社長はトドメを刺して来る。

「今のままじゃ、ポッチャリにも半端過ぎて、アンタ、何処からも需要無いからね。」

「ヒェ…。」

「マユ、頼むよ?僕も協力するから、ね?頼むよ?」

眼前の鬼社長、隣の泣きべそユーリ。そしてヘルスメーターを直しに行く田中さん。

俺はほとほと途方に暮れた。

帰ったら、とりま前のダイエット食品、ポチろ。







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