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16 九重の話 2
しおりを挟む「や、ちょっと待って?」
時永は混乱する頭を抱えたい所をこめかみを押さえるだけに留めて、話を続けようとする九重を制した。
「國近って…そうだったの?
徹、それ、俺達が聞いて大丈夫なのか?」
そう、とは勿論、セクシュアリティの話だ。幾ら話の流れとはいえ、そんなデリケートな事を俺達が聞いてしまっで良いのか。大雑把な九重の事だから、あまり脳みそを通さずにアウティングしてしまってるんじゃないのか、と心配になってしまったのだ。
だが九重は、来た時から同じ神妙な顔つきのまま頷いた。
「良いんだ。アイツも、こうなったからにはもう皆に黙ってるのキツいだろうなって言ってたし。」
「……こうなったからには…?」
何故か不穏な雲行きに、時永と伊坂は顔を見合わせる。
こうなったとは、どうなったのか。
「…昨夜…、離婚した國近がウチに来て…酒飲みながら話を聞いてる内に…、」
九重は、そこできゅっと唇を噛んだ。
デカい筋肉男がハムスターのようにプルプル震えているのを不思議な気持ちで眺めながら言葉の続きを待つ時永と伊坂。
ヒグマがハムスターになったかの如き様子に調子が狂う。
「…まれ、て…。」
「?なんて?」
んなでっかいナリしてなんつー儚げな声出してんだ、と思いながら聞き返す時永。それ程九重の声は消え入りそうに小さく、聞き取れないものだったのだ。
すると九重は、俯いていた顔を時永の方に上げて、思い切ったように言った。
「俺、シュウに突っ込まれてた。」
「…ん?」
「だから、俺、シュウに…、」
「待って?待って待って、一旦待とっか。」
九重を凝視したまま一時停止してしまった伊坂と、状況把握をしたい時永。
マジで待って欲しい。情報処理が追いつかん。
因みに補足だけさせてもらうと、『シュウ』とは國近の事だ。フルネームが國近秀一で、九重だけがそう呼んでいる。
「えっと…、え?國近じゃなくて、徹が?徹がそっち?」
こくりと頷く九重に、一時停止は解除されたものの絶句して、ポンコツのままの伊坂。違う意味で突っ込まずにはいられない時永。
状況は混迷の一途を辿っていた。
あの國近が?あの、そんじょそこらの美女では太刀打ち出来ないような線の細い美青年が?
自分よりも圧倒的に体格で勝る、筋骨隆々な九重を?抱いた…?
女を抱く姿よりも断然想像がつかん、と時永は遠い目になってしまう。
時永の中の、ちょっと潔癖で物静かな美青年・國近像がガラガラと音を立てて崩れていく。
「……大丈夫か?」
やっと九重にそう言葉を掛けた伊坂の声も、震えていた。動揺している。
だよな、そうしか言えんよな、と時永も思い、横でウンウン頷いた。
時永にも覚えがあるから、九重のメンタルが心配だ。
相手が誰かわからなかった時永も悩んだが、相手がわかり切った九重も、それはそれで悩ましいだろう。
しかし、まさか國近が九重を…。
この様子からすると、最初から合意だったというより、酔って気づいたらセックスしてたという、時永にとっては胃痛がしてくる程覚えのある流れ。
(気がついたら尻の処女を失っていた、なんて、ショックだよな…。)
時永は自分が九重にもコマされた事を忘れ、痛々しげに九重を見つめる。
「…全然大丈夫じゃない。」
その言葉に、だよなと頷くと、九重は悲痛な面持ちのまま滔々と続けた。
「あんなとこが気持ち良いなんて考えた事も無かったし、シュウがずっと俺の事を好きだったなんて事も全然知らなかった。」
「え、そこ?」
「なんて?」
怒涛のカミングアウトに、今度は二人同時に突っ込んだ
つまり、酒の勢いで襲われた(?)事より、挿入されるセックスに感じてしまった事の方がショックだったと。それに加えて、長い友人が実は自分を好きだった事でダブルショックだと。
「…國近が九重を…。全く気づかなかった。」
「秀一って基本がポーカーフェイスだからな…。」
伊坂と時永の会話に、九重は頷いている。
どうやらセックスが終わってショックで素面に戻ってから、九重は國近に告白されたらしかった。
だが呆然としていた九重は、まともに何も答えられず只々頷いていただけだったという。
すると何故か國近は上機嫌になり、
『ありがとう。片付ける事があるから、また夜に顔を見に来る。』
と言って、呆けた九重の額にキスをして帰って行ったという…。
何そのスパダリ。
それで、國近が帰っ後、ボーッとしていたら伊坂から連絡が来て、話があると時永のマンションに呼ばれた。
普通なら、何故伊坂からの連絡で時永の部屋に?と色々思う所がある筈なのだが、自分の身に起きた事でいっぱいいっぱいになっていた九重には、そんな事に気を回す余裕はなかった。とにかく再び國近が来てしまう前にと、殆ど避難するような気持ちで時永の部屋にやって来たらしい。
というか、と時永は思った。その状況ってもしかして國近、九重に受け入れられたと思っているのでは…。じゃなきゃ『ありがとう』とか、『また顔見に来る』なんて言葉が出るとは考えにくい。
時永は小さな声で口にした。
「…呼ぶか、國近…。」
「そうだな…。」
頷く伊坂。
二人は、相変わらずプルプル小動物のように震えながら大きな体を縮こまらせている九重を見ながら溜息を吐いた。
そして伊坂は、数時間前と同じように、今度は國近の番号を履歴から捜す為にスマホを手に取った。
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