知りたくないから

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8 國近

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時永達、高校時代からのいつメンの中で唯一、同じビル内で働いている友人がいる。
上層階に入っている法律事務所で働いていて、その名を國近という。

國近という男は…とにかく何と言うか、線の細い美形だ。色白で長い睫毛で縁取られた切れ長の目、全体的に色素が薄く繊細そうだ。
しかも司法試験に1発合格した超秀才。
少し神経質で潔癖っぽいのがたまにキズだが、國近の場合はそれが逆に、人間ぽい所もあると安心してしまうというか…。
國近なら同性に懸想されても納得できようものを、何故自分なのだろうか、と時永は伊坂と九重の趣味の悪さを思った。



同じビル内に居るであろう國近とは、4人の中で1番近い距離にいるにも関わらず、普段全く顔を合わせる事は無かった。

國近が多忙過ぎるのだ。

國近にも3年前に上司の紹介で見合い結婚した奥さんがいるのだが、結婚式の時に見てそれきりだ。
離婚した話も聞かないから、そちらはきっと順調なんだろう。

その、滅茶苦茶多忙な國近に、何故か会ってしまった。
しかも、定時で帰ろうと思ってさっさと席を立った今日に限って。


「久しぶりだな。今日は早いんじゃないか?」

降りてきたエレベーターで偶然一緒になり、目配せをして降りてから話しかけた。

「ほんとだな。ああ…今日は結婚記念日なんだ。」

微かに微笑みながら答える國近。
伊坂や九重の離婚話を立て続けに聞いた後なので、何故かホッとする。
國近はクールに見えて実は熱い奴だから、愛妻家なのかも知れない、と時永は和んだ。
そうでなきゃな…そうでなきゃ。
ついこの間迄付き合っていた彼女との結婚が射程圏内だと思っていた時永だ。そんなポンポン離婚したとか聞きたくない。出来れば結婚は人生の墓場とか世知辛い離別とかより、もう少し夢を見させて欲しい。
時永は普通に結婚したいし子供も2人くらいは欲しいのだ。
なのに何故、親友Xと親友九重に抱かれてしまっているという状況に陥っているのだろうか。
時永には全くわからなかった。

けれど、國近が結婚記念日を口にしたので、何となく気分が上昇した。

「そうか!嫁さん元気か?」

「相変わらずだよ。」

「そうか、よろしくお伝えしてくれ。」


國近は人見知りではないが元々言葉数が少なく、学生時代はよく一緒にいた沢口の賑やかしさでバランスが取れていた。
沢口というのは典型的な陽キャで、九重ともよく気が合っていた。


「それにしても、もうあの結婚式から3年なんだなぁ。
まさか國近が一番乗りで結婚するとは、って皆驚いてたよな。」

「俺もそう思ってたんだけどな。」

和気あいあい。

そうだよな、これが久々に会ったいい歳の成人男性同士の一般的な会話だよな、と時永は思った。

「じゃあプレゼントとか花束とか用意するのか?」

時永が聞くと、國近は眼鏡のブリッジ部分を中指で押し上げながら頷いた。

「レストランを予約してある。」

「そうか、良いな~、結婚。」

あまり表情を崩しはしないが、國近はどことなく嬉しそうだ。堅実派の國近の事だから、やはり上手くいっているんだろう。
きっと数年の内に今度は子供の祝いを渡す事になるかもしれないな、と 時永は結婚式で見た國近の妻の姿を思い出そうとした。
だが、大人しそうなごく普通の女性、という薄い印象しか無かったせいか、上手くいかなかった。
何なら招待客の殆どが、白タキシードに身を包んだ輝くばかりの國近の美貌に釘付けだったという事の方を鮮明に思い出してしまう。

花嫁が霞む程の新郎…。

だが、当の花嫁も新郎國近にボーッと見とれていたから、本人達は気にしていなかったんだろう。
上司経由の見合い結婚の割りには惚れ込まれているようだし、國近夫妻は離婚の心配な無さそうだ、と時永は再度胸を撫で下ろした。

職場のビルのロビーでの数分の立ち話の後、國近は腕時計を確認しながら言った。

「今度時間が合う時に、また皆でゆっくり飲もう。
最近、他の連中には会ったか?」

聞かれて何となく答えを濁してしまう時永。
会ってはいるが、会って話している事や、九重に至ってはエラい事になってしまっているので、会っているとすら言い難い。
そんな時永の答えを待たずに、國近がふと思い出したように言った。

「沢口も憂さ晴らししたいって言ってたしな。」

「沢口が?」

沢口は皆の中で唯一、美容師を目指して高校卒業後、美容師専門学校に進んだ。
専門学校の同級生だった相手と一緒になって、共同で店を経営している。
沢口の祖父は資産家で沢口に甘いらしいので資金の出処はおそらくその辺だろうが、何にせよ20代で自分の店を持って尚且つ維持出来ているのは大したものだ。

しかし、そんな沢口も憂さ晴らしをしたいという。
経営者の立場はやはり相当気苦労があるものなのかもしれないな、と時永は思った。


「そっか。じゃあ、近い内他の連中にも声を掛けてみるわ。」

「頼む。」

そう言って右手を振りながら駅とは反対方向へ去って行く國近。
確か國近は車通勤だったな、とそれで思い出した。

遠くなって行く細身のスーツの後ろ姿を見送りながら、ぼんやりとあらぬ事を考えてしまって、直ぐに打ち消した。

馬鹿な。状況に毒され過ぎだ。思って良い事じゃない。



あの綺麗な國近が、どんな風に女を抱いてるのか、なんて…。





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