知りたくないから

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5 アドバイスを後悔。

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「最低かなとは思うんだけどよ、俺と嫁って恋愛感情ありきでの結婚じゃなかったんだよな。
同僚だしお互い気心は知れてるけど、それだけだった。
嫁には長い付き合いの彼氏もいるって聞いてたし。」

九重が語り出した話は、こうだ。


同期入社だった奥さんには大学時代から付き合っていた男がいたが、長かった春が災いしたのかその男が浮気をして、あろう事か浮気相手と真剣に付き合いたいからと振られた。
結婚迄考えていたのにその仕打ち。彼女はかなり落ち込んで、飲みに誘った九重にその成り行きを泣きながらぶちまけた。前述の通り意外に情に厚い九重は、彼女に同情した。そこ迄なら、仲の良い友人や同僚間でもよくある話だ。だが、何故かその翌日から、九重は彼女と付き合う事になっていた。
結婚したい結婚したいとうるさかった彼女に、酔っ払いの言う事だからと わかったわかったと返事をしてしまっていたのが悪かった。
彼女が本気になったのだ。
恋人と別れたばかりだというのに驚くべき切り替えの速さである。
九重は少し困りはしたものの、その時点ではフリーだったし、知らぬ仲でもない彼女との未来を前向きに考えてみるのも良いかと思った。
すると付き合い出して暫くした頃、彼女の父親の病気の具合いが芳しくない事を告げられ、あれよあれよと言う間のスピード婚になってしまっていたのだと言う。


そこ迄を聞いた時永は、何故か腑に落ちないものを感じた。


「…なあ、九重。素直な感想を言ってみても良いかな?」

「ん?何だ。」

「お前が義に熱い脳筋…じゃない、良い奴だってのは知ってるつもりだけどさ、」

「脳筋?」

「……聞き間違いじゃないのか。
つか、それ、お前の性格を利用されたんじゃねえの?奥さんに。」

「利用って、そんな。」

「だってタイミング変じゃん。お前が見かけによらずお人好しでなのを知ってて畳み掛けられてんじゃん。」

「見かけによらず?」

「男前って事だ。」


誤魔化す為に言ったように思われそうだが、実は九重は実際そんなに見た目は悪くない。ガッチリ無骨そうに見えるが、顔立ちは整っているし、笑うと眉が下がって垂れ目がちの目が余計に優しくなり、人の良さが伺える。
基本的には良い奴なのだ。
但し、時たまデリカシーに欠けるが。

「奥さんは、先の長くない親父さんの為に、お前を利用して親孝行したかったように思える。勿論、本人も結婚したかったんだろうけどな。」

ハッキリ言い過ぎただろうか。流石に怒るかもしれない、と時永は思ったが、九重は黙って顎に手をあてて考え込んでいる。

「…やっぱそう思うか?」

「歯に衣着せなくて良いなら。」

「…だよなあ。」

九重は、ガクリと肩を落とした。どうやら九重なりにも自覚はあったようだ。

「いや、邪推かもしれないけどさ。それにしたって、お前の気持ちが追いついてない内に結婚迄突っ走ったのもどうかと思うし。
聞いてりゃ全部、奥さん側の都合って感じじゃん。」

俺の言葉に九重は頷き、

「実は…残された嫁さんの母親との同居も、ある日突然相談無しに勝手に決められててよ。」

と言うので時永は絶句した。

「もう無理だなあと思ってよ。もし、最初から恋愛感情ありきで始まってたら、受け入れられたのかもしんねえけど…。」

「恋愛感情ありきでも、どちらかの親との同居を勝手に決めるのは駄目だろ…。」

時永は頭痛がした。
人が良いにも程がある。
だが、これで確信した。
九重の奥さんは、九重のこういう所に付け込んだのだと。

それでも九重自身がそれを受け入れるというのなら時永だって何も言わないが、本人が音を上げているのなら言ったって構わないだろう。

九重はウンウン頷いて、

「そっか…そうだよな。駄目だよな。」

と、ブツブツ言っている。

この男はこんな見た目で脳筋で豪快そうに見えるが、実は繊細な所がある。
ギリギリ迄我慢して、奥さんを傷つけまいとしていたのだろう。

「さっきお前が言ってた通り、お前だけが相手の人生プランに合わせて我慢して生きる事はないってのは、俺も賛成だ。
奥さんが自分の都合を優先したように、お前にも自分を大事にする権利はあるんだし。」

「…そう思うか?」

「勿論。」

話し始めてから沈んだ表情だった九重の顔が、ぱっと明るくなった。
現金なヤツ。
思わずクスッと笑いが漏れた。

「そっか、そうだよな。
俺、自分の気持ちに正直に生きて良いんだよな。」

「当たり前だろ。」

話が纏まってきたらしいので、俺は再び食事を再開した。甘酢の絡んだ肉団子はすっかり冷めているが、それでも美味い。

向かいでは九重がお茶を飲み出して、相変わらず男らしい喉仏を上下させている。
伊坂と言い九重と言い國近や沢口と言い。
タイプは違えど、友人達は皆、長身で体格が良い。
時永だって平均的な男性の体型の筈だが、皆に並ぶと1人だけ頼りなく見えていそうだ。
そのせいなのだろうか。友人達といる時、時永は何時も弟のような構われ方をしていた。
しかも、九重の指摘通り年々体重も落ちているし、貧相に見えていたらどうしよう、と時永は悲しくなった。
ゲイバーでの食いつきは悪くなかったから、未だそこ迄酷い見た目にはなっていないと思いたい。

(…忙しくても、飯抜かないように気をつけなきゃな。)

時永はそう決意して、箸を付けるのを躊躇っていた肉巻きを見た。
肉は胃に重そうで避けていたが、ちゃんと食べる方が良いんだろう。
時永が意を決して肉巻きを口に運んだ時、九重の口からとんでもない言葉が飛び出した。


「敦!俺、お前が好きなんだ。気づいてなかったけど、考えてみたら高校の時からずっと好きだったんだと思う。」

「ぐっ、、、」

びっくりして肉巻きを弁当の容器に落とした。良かった、テーブルに落ちなくて…。

いや、違う。今そこじゃない、と時永は意識を戻した。

九重は、何と言った?


「…え?な、何て?」

「実は、敦があのバリキャリ彼女と別れた時、俺すげえホッとしたんだわ。
…ホッとした、…ってより、嬉しかった。あー、敦、結婚しないんだな、って。

それで自覚したんだよ。」

「じ、自覚?」

「俺、お前が好きなんだわ。」

いや、好きなんだわ。と言われてもな?と、どんな顔をして良いのかわからず時永は九重をまじまじ眺めた。
迷いが払拭されたのか、澄んだ青空に輝く太陽のような、曇りなき笑顔だ…。

「敦が誰かといるとモヤッてた謎がすっかり解けてさ。
でも敦は男じゃ駄目だろうなって思ってたから、言う気はなかったんだけどよ。
それでも好きだと気づいたからには、お前に操立てしたかったっつーか?
それなら離婚してスッキリして一生敦を思って生きようと思ったっつーか?」

「……。」


何と答えて良いものか、わからない。
時永の口はぱくぱく開閉するだけで何一つ声が出せず、そうしている間に九重に唇を奪われていた。

目を見張るが、今度は驚き過ぎて体自体が動かせない。


「正直に生きるわ、俺!」


もしかして、自分はとんでもない事をしてしまったのではないだろうか、と思った時には遅かった。

時永はそのまま押し倒されて、九重に食われた。










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