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2 友人・伊坂 雄大
しおりを挟むーー明日の夜、暇か?ーー
その一文に妙に緊張してしまう。以前はこんな事は無かったのに、意識し過ぎてしまっている…と、時永は思った。
送り主は伊坂 雄大。
例の飲みメンバーの一人だ。
中学から友人になった伊坂と、高校で出会った國近、九重、沢口。それらが時永の、特に親しい友人達だ。
大学では伊坂と國近以外は別の大学や専門学校に進み、今ではそれぞれ道も別れたが、時々思い出したように連絡が来たりする。
皆が結婚する前はもっと交流もあったのだが、やはり家庭を持った友人を誘うのは気が引けて、時永からはあまり誘いをかけないようになり、ここ2年ばかりは全員揃う事など滅多に無かった。
先の、破局した時永を慰める会は、その貴重な稀な日だった。
皮肉にもそれが、全員に疑念を持たざるを得ない事になってしまう事になるとは…。
実を言うとあの日の後も伊坂や九重とは数回会っている。しかし会った時、2人はあまりにも普通だった。その為、何となくこの2人ではないだろうな、とは思ってはいる。
なのに何故か構えてしまうのは、可能性が0という訳ではないからだ。
一言誰かに、あの日誰が時永を送り届けたのかを聞けばきっと直ぐに判明しそうなものなのに、もし聞いた相手が本人だったらと考えると気不味過ぎる…。
正直な話、時永は出来る事ならば、あの日の事を無かった事にしてしまいたいのだ。
レイプされて痛い思いをしたのなら、また違った思いを抱いたのだろうが、時永は断片的ではあるが快感を得ていた記憶しか無いから、トラウマにはなっていない。
元々は快楽に流され易い性質ではあるし、それはもう良いのだ。
時永に取って重要なのは、インp…じゃない、勃起不全が治ってくれる事…。未だ30にもならないのに使い物にならないなんて悲し過ぎる。
あと、出来ればあの快感をもう一度味わいたい。
しかし、友人の誰かと素面でセックスするのは避けたい…。
だからその道の男に頼ろうと思ったのに、ずっと成果は得られない。
まさか、男性機能を失ったまま、快感も得られない人生がこの先何十年も…と思うと、やり切れない。
結婚なんか望めないし、子供も持てず、1人寂しく孤独死…。背筋に悪寒が走った。
それはそうと。
「…明日か…明日の晩は…。」
そう考えて、はた と気づく。
明日は金曜ではないか。
最近は週末はずっと、その手のバーにセックスしてくれる相手を探しに足を運んでいた。けれど、そろそろ止めて本格的にクリニックに通おうかとも考えている。
伊坂はきっと何時ものように、久々に飯でも行こうとでも誘う気なのだろう。明日の晩、伊坂に会うという予定を入れてしまえば、それを引き際にして不毛な悪癖を止められるのではなかろうか。
「…暇だぞ、と。」
スマホの画面を見ながら文字を打ち込んで送信すると、即返事が返って来た。
ーー飯でも行こうぜ。ーー
ほらな、と時永はクスリと笑う。
長年の付き合いだから大体のパターンは読めている。
ーー良いけど、週末くらい早く帰らなくて良いのか?ーー
伊坂には2年前に結婚した嫁さんがいる。
典型的な出来ちゃった婚だったから、未だ子供は小さいし手がかかるだろうに。
俺にも姉がいて、姪っ子が産まれた時はワンオペ育児の辛さを愚痴られていたから、単純に伊坂の嫁さんの事を心配してしまう。
これは別に伊坂に対してだけではなく、他の友人達に対しても同じで、一応は気を遣うようにしている。
ーー大丈夫。じゃあ、〇〇駅北口に19時な。ーー
「…。」
大丈夫というのなら、それ以上断る理由も無いので了解の返事を打つ。
直ぐに既読がつき、それ以降は返信が途絶えた。
取り敢えず、週末の予定が出来た。これを機に不毛な発展場巡りに時間を費やすのはやめよう。
俺はそう決めた。
どうせそんな事をしていても、一度もイけた事なんか無かったんだから。
翌日、通常業務をこなし、資料作成のキリの良い所で切り上げて、19時少し前に退社した。
待ち合わせ場所には徒歩5分くらい。伊坂の職場はこの辺ではないが、会う時は何時もこの辺迄来る。
別に俺に合わせてくれてる訳ではなく、単純にこの近辺の方が飲食店が多いからだ。
伊坂は何時も早く着いているから、今日こそ待たせないようにと思ったのに、やはり今日も時永の方が遅かった。
「伊坂、すまん。」
駅前の雑踏の中にあろうが、長身のスーツ姿は遠目からでも直ぐわかる。
駆け寄って声をかけると、伊坂はゆっくり時永の方を向いた。
「そんなに急がなくても良いって言ってるだろ。」
伊坂は物静かで穏やかな男で、少しそそっかしい所のある時永に、何時もそう言ってくれる。面倒見の良い男だから、同じ歳の時永の事も弟のように思っているのかもしれない。
「うん。ごめんな、結局、今日も待たせた。」
「俺も着いたのはついさっきだ。」
日本男児代表、と言っても差し支えなさそうな、端正な顔立ち。黙っていると少し強面にも見えるのに、それを裏切る物腰の柔らかさと柔和な笑顔。男にも女にもモテるタイプだ。
伊坂の嫁さんは取り引き先の受付嬢だった女性らしい。付き合った切欠は彼女からの逆ナンだというから、彼女もきっとこういう所に惹かれたのかもしれないなと時永は思った。
週末の夜の繁華街は、平日よりもずっと活気に満ちている。どの店もガラス越しに中を覗くと、そこそこに客が入っているようだ。
「きぬ屋で良いか?」
伊坂に聞かれて、頷く。
きぬ屋とは最近伊坂と数回行った居酒屋だ。
「ビール飲めたら何処でも良い。」
蒸し暑くて、歩きながら上着を脱ぐ。冷たいビールで喉を潤したいと思った。
ネクタイを緩め、ワイシャツのボタンを2つ外す。
喉元と首筋が一気に外気に晒される。
風はぬるいが幾分マシだ。
時永はホッと息を吐いた。
その様子を、伊坂は静かにじっと見ていた。
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