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後日談 リアム

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「ホントに好きに生きた人達だったよなあ。」

代々のザルツ王家の大きな墓所に墓参りに来たのは、ルシエルとエンドリアの孫…まあ、実際にはルシエルの歳の離れた妹がレトナスの王になったエンドリアの弟に嫁いで産んだ王女が成長してレトナス貴族の公爵に降嫁し、そこに産まれた三兄弟の内の一人だ。次男だった彼、リアムは、ルシエル達に引き取られてザルツ皇宮で育てられた。
ルシエルの弟達にもそれぞれ子供も孫もいるが、3人の孫に恵まれたのは妹夫婦の娘のとこだけだったからだ。
ルシエルは末に産まれた妹を可愛がっていたから、引き取った孫をそれはもう可愛がった。エンドリアもそれは同じ事で、
 『まさか孫が出来るとはなあ。』
と満更でも無い様子でよく構ってくれた。リアムの槍の腕と槍舞は、エンドリアからの薫陶を受けたものだ。
そのお陰もあったのだろうが、リアムは面差しが若き日のエンドリアによく似ていると言われていた。


数年前に祖父2人が仲良くあの世に旅立ってしまった日から、リアムはそれはそれは大変だった。
2人同時に逝かれたショックから立ち直る暇もないまま皇位を継いだ。
そう。ルシエルとエンドリアは、比翼となったあの日から、30年待たずにザルツを帝国に押し上げた。
それによりアレグリフト家は大陸の国々を一手に束ねる皇家になった訳だが、何せ歴史は浅いので、いきなり1人にされた若き皇帝リアムは不安で仕方ない。腹心と言える部下は居ないし、後ろ盾だったジジイは2人仲良くリアムを残して行くし…。
そりゃ、見るからに威圧感があって有能だった祖父2人なら、何方が1人になっても帝国を統べるくらいなんなくやってのけそうだが、未だ21でちょっぴりエンドリア似という事以外には特別なところの無い普通男子リアムには、皇帝の座はかなり荷が重い。
せめて、誰か居てくれたらなあ…と思うが、周りの臣下が勧めてくる縁談は、やたらと裏がありそうな高位貴族の令嬢や、子供を作ってリアムを暗殺して皇位簒奪上等、みたいな属国の姫達ばかりで怖い。

偉大過ぎた祖父達の遺していった皇位に就いて2年。がむしゃらに日々をこなしてはきたけれど、そろそろ疲れてしまって、時間を押して祖父達の墓に愚痴りに来たのだ。

「はぁ…。
どうしたら良いんだよ、もうヤダ。何で俺だったのぉ…。」

兄弟は3人居たのに、何故リアムだったんだろう。運命を呪いたい。
いっそ皇帝の座なんか放り出してどっかに家出してしまいたい。
……まあ、直ぐに見つかって連れ戻されるんだろうけど…。

ザルツ王家の墓所の中、一際大きく荘厳な墓の前には何時も花が絶えない。
仲良く並んだ、ルシエルとエンドリアの名前を見るリアムの瞳に膜が張った。

「……もうヤダよ。俺は一人ぼっちだ。」

祖父達を支えた忠臣達が居てくれるから、未だやれている。でも彼らにだって、一人で座る玉座の冷たさと重圧はわかる筈がない。

付き従っていた侍従達は墓所の入り口や周囲を見張るようにと人払いをしたから、此処にはリアム一人。
ちょっとくらい泣いても許される筈だ。
ぐずっ、と涙が零れて、リアムの榛色の瞳からは目が溶けそうになる程に大粒の涙が零れた。



ほんの僅かな気配の動きに、リアムは振り返りながら素早く腰の剣を抜き、飛んで来た針を弾いた。間違いなく殺気。

「噂と違って随分と鋭いな。新皇帝は頼りない暗君だと聞いていたのだが。」

「……誰だ?」

そこに立っていたのは、さらりとした黒髪を右胸のところで1つに束ねた長身の男だった。顔を下半分隠しているが、リアムよりは幾らか歳上に見えるように見え…だがはっきりとはわからない。黒髪に翠色の瞳なんて、わりと何処にでもある。リアムは素早く周囲を覗う。護衛はどうしたのか。

「護衛か。彼らは少し眠ってもらっている。」

まるで心を読まれたように言われ、リアムは息を飲んだ。男のはるか背後に数人の護衛が倒れているのが見えた。
剣を構えたままで男を睨みつける。

「…殺してはいない?」 

「誓って。」

「そうか…。じゃあ、俺を殺して皇位を奪いたいだけか。」

「まあ、そうしようと思っていたが。」


黒髪の男はリアムに向かって歩いて来た。リアムは剣を構えているのにだ。

「止まれ…。」

「お前が噂通りの暗君なら、殺すつもりだったんだがなあ。」

男が一歩一歩近づいてくる毎に、生じる違和感。髪が、少しづつ銀色に…。


「……銀色の髪…?」

「私が誰か、そろそろ見当が?」

そう言った男はもう、リアムの間合いに入り込み剣を持っている手を掴み腰を抱いている。

「……何故、腰を?」

「なんとなく?」

先程の殺気は何処へやら、といった様子で惚けた答えを寄越す男。

「イーズリア国の者かな。」

世界でも銀髪は珍しく、確か遥か西にあるそんな大国の王族には多く出ると聞いた事があった。只、ザルツ帝国を拒み、国交が無い。
そんな国の人間が、わざわざどんな手を使ってここ迄来たのか。

リアムより背の高い男を至近距離で睨み上げると、何故か男がふふっと笑った。それに怪訝な顔をするリアム。

「…皇位が欲しくて来たんだよな?」

「まあ、そうなんだが。」

リアムは少し考えた。これはもしかして、チャンスなのでは。

「皇位が欲しければやっても良い。その代わり、俺を此処から逃がしてくれないか。」

「……命乞いか?可愛い事をするな。」

「命は乞うだろ、普通。」

「…まあ、そうだな。」

「というか、こんな難儀な地位が欲しいとか、お前気骨あるよな。やる気に満ちてて羨ましい。そんなに遠くから暗殺に来るくらいだもんな。きっと有能なんだろうな。」

俺と違って。という言葉は流石に飲み込んだが、代わりにはぁ、と溜息が出た。
滔々と流れ出たリアムの言葉に翠玉の目を丸くする男。

「……色々大変そうだな。」

「ああ、大変だ。代わってくれるなら代わって欲しいくらい、大変だ。」

「本気か。」

「冗談でこんな事言えるか。俺には荷が重い。俺は祖父達のようにはなれない。」

自分を殺しに来た男に抱かれながら、涙が流れ出すリアム。今度は男の方が慌てた。

「泣くな。…ほら、もう泣くな。」

何故自分が暗殺対象を慰めているのか、と不思議な気分になる男。
涙に濡れた榛色の瞳は蜂蜜のように溶けてしまいそうで、幼子みたいで放っておけない気にさせる。
思わず背中をさすってやってしまった。確か21にもなる筈だが、それでも大きくなり過ぎた帝国を背負うには、確かに頼りなくも見えるあどけなさを残す顔だ。


「…私を帝国に呼び寄せぬか。」

泣いているリアムを見ていて、男はふと思いついた事を口にした。

「は?」

男の胸を借りて泣いていたリアムが顔を上げた。

「私は有能だ。」

「そうなんだろうな。」

「強いし。」

「だろうな。」

精鋭揃いの護衛達を殺さず眠らせて突破してくるくらいだもんな、と男を見つめるリアム。

「私を喚んで下されば、私が陛下をお助けしよう。さすれば、無益な血を流す必要もない。」

「……ホント?」

「ホント。」

「…そうだなあ。一人で家出するより現実的かなあ。」

何時の間にか涙が止まった目で、じっと男を観察するリアム。男はにこっと笑いながら顔の下半分を覆う布を下ろした。
その顔はあまりに整っていて、リアムは唖然とした。祖父達の若い頃の絵姿も稀なる美形ではあったけれど、この男もそれに勝るとも劣らない…。

「一生お守りして差し上げよう。」

「……え?あ、うん…。」

その言葉に含まれたニュアンスを何処迄理解しているのか、呆然としたまま頷いてしまったリアム。
こういう男に目をつけられるのも、リアムはエンドリアに似ていた。


その銀髪の刺客は、実はイーズリア国の側妃腹の第七王子で、能力があるにも関わらず王位継承権には遠く、汚れ仕事ばかりを任されていた不遇の身の上だった。
そんな彼がリアムの傍に召されたとイーズリア王宛てに書簡が届けられて王を仰天させるのは、もう少し経ってからである。

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