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4 新学期
しおりを挟む再び孤りになった周は、以前よりも更に取っ付き難くなった。
ちょうど学期末試験直前に別れ、その後の春休み中に不注意で踏んでしまった眼鏡を新調した。
思い切って少し金をかけて軽いフレームと薄型レンズにした。この際コンタクトにしては、と母親に提案されたが、急に顔から今迄あったものが無くなるのは何だか怖くて、周は結局眼鏡を選択した。
その帰りに伸び過ぎた髪をスッキリさせるために美容室に入ったら、仕上がりを撮らせて欲しいと言われて、戸惑っている内に何枚も写真を撮られた。
3年に進級した始業式の日、新しいクラスでは何時にも増して周への視線がうるさかった。
眼鏡が変わった事で秀麗な顔立ちがクリアになり、顔周りを覆い過ぎていた髪も程良いかかり具合いになって、一気に華やいだからだ。
それ迄は素材は良くても地味にしていた周にあまり興味を示さなかった者達も、周の姿が見えると視線を奪われてしまうようになった。
今迄外見に無頓着だった周がいきなり垢抜けて、その上横にいた橙空がいなくなった事で、女生徒達は一気にざわめいた。
以前よりも近寄り難くなったにも関わらず、トライしてみようと考える猛者も現れた。
『前から好きでした!付き合って下さい!』
昼休みに裏庭に呼び出され、髪を巻いた女生徒に告白された時、周は橙空に告白された時の事を思い出した。
告白の言葉なんてどれも似通ってしまうのは変わりないのだが、あまりにそのまま過ぎてげんなりしてしまう。
目の前の女生徒は少し派手目で目立つタイプだ。
明るくした髪色は嫌でも橙空を思い出させた。
こういう類の人間とは、生きる世界が違う。
本気でもまた罰ゲームの類でも、もう関わりたくないと思った。
周は白けているようにも見える表情で女生徒を見て、眉一つ動かさずに言った。
『君、受験しないの?』
そう言って、温度の無い目で女生徒を見ると、可哀想に彼女は肩を震わせて縮こまった。
彼女にしてみれば、それなりに勇気を振り絞っての告白だった訳で、玉砕覚悟だったとはいえこの視線は痛かった。
受験期に考え無しに色恋を優先するような頭の軽い人間、と思われたのだろうか、と女生徒は思った。
実際そうな訳だが、例え真実であろうと図星を指されると人は傷つくものだ。
女生徒は恥ずかしくなって走り去り、周はそれを訝しげに見送って、どうでも良さそうにその場を後にした。
そして、その一部始終は、成り行きを隠れて見ていた生徒達により好き勝手に吹聴された。
まさに絶対零度の視線であったとか、氷のような表情に情け容赦無く一瞬でメンタルを潰されるとか、散々だ。
周の耳には届かないので本人は気にしていなかったが、気にしたのは周を振った橙空だった。
(何で…何で別れた途端、あんなになっちゃってんだよ…。)
まさかほんの数週間で周があんなに垢抜けた姿で登校してくるなんて思わなかった。
橙空がわざわざ試験直前に周を振ったのには、底意地の悪い目論見があった。
浅はかにも、ショックを受けて試験どころではなくなってしまえ、と思ったのだ。
だが結果は何時も通り、周は揺るぎなく首席だったし、何なら色々周を貶める手段を思い巡らせていた橙空の方が、30番ほど成績は落ちた。
それでも春休み中は、周がどれだけ気落ちしているのか、とか もしかしたら思い詰めて復縁でも迫ってくるかなと想像して、楽しかった。
キス迄漕ぎ着けたという事は、周の自分に対する執着が深まったからだと橙空は考えたのだ。
けれど結局、周から連絡が来る事はなかったし、接触を図られる事も無い。
泣きついてきたらもう一度くらい寄りを戻してやっても、と迄考えてやっていたのにと橙空はイラついた。
そうして始まった新学期、周は変わってしまっていた。
輝きを隠し切れていなかった原石が、一気に光を浴びて輝き出していたのだ。
しかし、輝くばかりの美しさを晒し出した容姿とは裏腹に、目線や表情は以前にも増して冷めていた。
付き合っていた時には鬱陶しい程に感じていた、ピリピリ来るような視線の熱も、全く感じない。
すれ違う事があっても、周の視線は橙空を素通りした。
周はもう橙空を見ていなかった。
あまりに切り替えが早すぎないか、と 振った張本人にも関わらず、橙空は憤慨した。
けれど、直ぐに思い直した。
もしかして、周の心が自分に向いていると確信したのは、勘違いだったのではないかと。振ったのは時期尚早だったのかも。
それとも、周は最初から橙空の事を本気で相手になんかしてはいなかったのかもしれない。
…まさか、ずっと心の中で馬鹿にしていたんだろうか。
周の歓心を買おうと必死になっていた自分を嗤っていたのだろうか。
実は橙空に興味なんか向いていなかったんだろうか。
そう考えると、何故かつきんと胸が痛んだ。
(…周は、俺を好きじゃ、ない…?
あんなに笑ってくれるようになっていたのに?
キスだって、したのに?)
周は、橙空を好きではない。
そんな考えに思い至り、目の上のたんこぶだった周を振ってやった、という喜びはすっかり消えてしまった。
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