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しおりを挟むそれから巡ってきた休日。
フラウとセドリックの茶会の日が来た。
月に一度、城の中にある部屋の一室か庭園の東屋で、婚約者同士水入らずで親睦を深めろという事なのだろうが、正直仏頂面のセドリックと向かい合って茶を飲む以外、あまり話す事も無く悪戯に時間を浪費していくだけの不毛な会だ。今の所、それにより関係が改善したり良好になったりという事はないので、フラウとしては不要だと感じている。だが、幸いな事に、今回は話し合うべき議題ができた。喜ばしい事だ。
フラウは何時になく機嫌良くセドリックを迎えた。
生憎の小雨の中、時間にも遅れずセドリックはやってきた。公爵邸は城からそこまで遠くは無いが、家や王の手前とはいえ、嫌いな婚約者の為に律儀な事だと毎回思う。
セッティングされたテーブルの前の椅子に2人共に腰掛け、侍女が茶を注いで出ていくのを見届けてから、フラウは口を開いた。
「公子、提案があるのだが」
その言葉にセドリックは訝しげに眉を寄せてフラウを見た。
「提案、ですか?」
フラウは頷いて、にこりと作り笑いをする。それにセドリックが少し目を細めたので、不快だっただろうかと思ったが、まあそれくらいは許してほしい。
「実は、僕達の結婚後の事についてなのだが...」
そう言うと、セドリックの左の眉がピクリと上がる。どうやら興味が出たようだ。
「結婚後、ですか…」
「うん」
フラウは紅茶に少し口を付けて喉を潤した。今日はフルーツティー。柑橘の爽やかな香りが口内に広がって、思わず良い気持ちになって頬が緩んだ。それを見たセドリックは、やや瞠目して、ハッと我に返ったように目を逸らしたのだが、フラウはそれには気づかない。
「実は、僕の趣味事を容認してもらいたい」
「趣味事?」
「何と言うのか…まあ、園芸のような。草木を育てたり…」
「ああ、たまに収穫した果物を下さったりする、アレですか」
セドリックは思い出したように言った。茶会の時にも何度か収穫した果物を干したものを茶にブレンドしたり、茶菓子に使ったりしているから覚えていたらしい。アレですか、という言い方は少し気に入らないが、そこはまあ良い。フラウは頷きながら答えた。
「うん、それだ」
「はあ。まあ、お好きになさってくだされば。
…しかし、俺には農民のような土いじりなど、何が面白いのかよくわかりかねますが」
フッ、と僅かに鼻で嗤うような調子にイラッとくるが、事質は取れたから良しとする。
「ありがとう」
フラウは礼を言ってまた茶を飲んだ。そんなフラウの姿を見ていて、今度はセドリックの方が口を開いた。
「それだけですか?」
「え?」
「殿下が俺に望まれる事は、それだけなのですか?」
セドリックの意図がわからず、フラウは目をぱちくりとしながら考えた。そして、最初にあっさりと要望が通ってしまった故に、うっかり忘れていたある事を思い出した。
「では、要望という訳ではないのだが...」
テーブルの上のクッキーをつまむ、フラウの白く細い指をセドリックの目が追う。
「君と想い人の仲には、僕は一切言及しないと約束する。僕との婚約が決まった事で彼から君の伴侶の立場を奪ってしまった形になったのは申し訳なかった。が、婚姻後は僕の事は捨て置いてくれて構わない」
「…は?」
「彼を屋敷に入れて共に暮らすなり、自由にしてほしい。お互いに存在を気にしなければ快適に過ごせると思うんだ」
「……」
フラウの言葉を聞いていたセドリックは、面食らったようにポカンとした後、徐々に無表情になっていった。一体どうした事だろうか、とフラウもキョトンとする。かなり彼に忖度したつもりだが、どうやらまた不機嫌にさせてしまったように見える。まだ何か足りなかったのだろうか?
首を傾げるフラウに、セドリックは苦しそうな表情をして、目を伏せた。そして再び目を上げた時には、悲しそうに細められた目でフラウを見つめた。
睨まれるのは慣れているが、そんな目をされた事はない。
フラウは不思議に思って彼を見つめ返す。
「…殿下、貴方は…」
その先の言葉を言わぬ内に、セドリックは席を立ち、部屋を出ていった。
一人取り残されたフラウは、首を傾げる事しか出来なかった。
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