偽装で良いって言われても

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5 (青秋side)

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「本当にお二人ご一緒でよろしかったので?」

麻生兄弟の案内を済ませた篠宮が、青秋の仕事部屋に入ってきて気遣わしげにそう言った。

「一緒じゃないと嫌だと言うのなら仕方ないだろう。」

青秋は興信所からの新たな麻生一家に関する報告書類に目を通しながら答えた。その様子に溜息を吐きながら篠宮はぼやくように言う。

「一織様は大変お美しいお方ですが、八束様はごく普通のお方に見えますな。まるでβのような…。」

「…外見は重要じゃない。」

「左様でしたな。確かに番は相性でございますから。
それにしても、何と言いますか…妙に仲の良いご兄弟で…。」

「兄弟仲が悪いよりはマシだろう。」

篠宮にはそう言いはしたが、本当は青秋も、先程顔合わせをした時のあの兄弟の様子は少し気になっていた。
双子の弟がいるとは知っていたが、あんなに似ていないとは。二卵生ならそんなものか。
それに、Ωとはいえ男兄弟が、あれ程密な雰囲気を纏うものなのだろうか?あれではまるで…。
一瞬過ぎった考えを、瞼を閉じて停止させた。
余計な憶測は邪魔になる。

それにしても…。
あの兄弟といい、彼らを一人で産み育てたという、冷静で気丈な母親といい…。麻生親子というΩ達は、青秋が見てきたΩ達とは、かなり違う性質を持っているようだ。

青秋が贈った着物は断られ、二人は私服で来た。
どちらもセミオーダーらしきそれなりのスーツではあったが、高級品とは言えない。二人の年齢や身分からして、おおかた成人式辺りで着た物だろうか。
親は支度金も再三固辞したというし、金で言うなりになる親子では無い事はわかっているが、此方が頭を下げて頼んだのだから、せめて体裁を調える程度の金は受け取って欲しかった。
こういうのを世間では清貧と言うのだろうか。その程度の金で息子達をどうこうしようなんて思わないのだから、受け取ってくれたら此方も気楽なのに、と青秋は書類から目を離して溜息を吐いた。



高城家唯一の後継、高城青秋はΩ嫌いの‪α‬である。
理由としては、まあ出会ってきたΩ達に良い印象が無く、更にダメ推しすると、男しか受け付けないガチゲイだ。
ガチなゲイだ。(大事な事なので二度。)
それも、曲線という曲線に吐き気を催す、面倒臭いタイプのゲイだ。
要するに、Ωだけじゃなくて女も嫌いだ。
化粧の香料の匂いに胸焼けがするし、あのキンキン高い声も聞いた後迄耳鳴りがする。

だが、高城本家唯一の男子として、一族を牽引する‪α‬として、青秋は子を設けなければならない。
それならば、完全な女よりはΩの男…と、なったのは、ぶっちゃけ消去法の結果だ。

希少だからと護られて増長し、選択肢は此方にあるのだ、と言わんばかりの高慢さで‪α‬達を値踏みするようなΩ達は本当に気に入らないが、考えてみれば二昔程前迄はこれが‪αとΩ逆の立場だったのだろう。
全てに秀で、権力も財力もある‪α‬が、その特異性から底辺生活を強いられているΩ達の中から見初め、選び取り、救う。そんな構図が如何にもなシンデレラストーリーのように語られた時代が確かにあった。
‪そして、力無きΩ達を皆が踏みにじり続けた事も、無視は出来ない。
そんな長きに渡る不遇を思えば、今Ω達がやっと護られて、少しばかり権利を主張したからと言って罪にはならない筈だが、‪α‬の中でも人一倍プライドの高い青秋には看過出来ない事だった。
だから、なかなかΩとの見合いにも踏み切れなかったのだが…。

2ヶ月前、青秋は最愛の従兄弟と引き離された。

三歳下の、子供の頃から実の弟のように可愛がっていた従兄弟だ。名を橙(とう)という。
橙は父の妹である嫁に出た叔母の次男で、家も近いのでよく遊びに来たり泊まりに来たりしていた。
何なら青秋が性癖を意識したのも橙が切欠であり、許される事なら生涯を共にしたい相手でもあった。
けれど、橙もα‬なのだ。

それに実は、橙は青秋の気持ちは知らない。青秋の方はガッチガチの恋愛対象(肉欲含む)として橙を見ているが、橙の方は青秋の事はカッコよくて頼れる兄貴分くらいにしか思っていない。意識した事すらない。青秋もそれはわかっている。
高城の血筋は‪α‬が多く出るし、嫁いだ叔母も‪α‬だった。
叔母の相手も‪α‬なのだから、まあ高確率で‪産まれた子供はα‬になる。橙もご多分に漏れなかっただけの話だが、青秋は橙のバース検査の度に祈るような気持ちで報せを待った。そして、結果を聞く度に気落ちした。

だが、そりゃそうだろうとも思った。これだけ美しくてスタイルが良くて頭が良くて可愛い橙が、‪α‬以外の筈が無い。突然変異でも起きてΩになってくれたら、なんてのは青秋の身勝手な望みだとわかっている。橙自身だって、‪‪今更α‬以外になるのなんか望まないだろう。青秋だって、それは同じだ。‪α‬として以外の生き方なんか知らない。

そうは思っても、やはり諦められず、ズルズルと恋心を拗らせてこの歳迄来てしまった。
しかしそうすると、本人達よりも2人を見ている周りの方が勘づくものらしい。
煮詰まって今にも橙を襲ってしまいそうな青秋の様子に危機感を募らせた連中が橙を留学に送り出した。
高城の跡取りが万が一、男で‪α‬の橙とくっついてしまうような事になってしまえば、子供を作るなんて事は遠のいてしまう。
ほとぼりが冷める迄、物理的距離を取らせてしまおうと考えて、皆して橙に留学を唆した訳だ。
そして当の橙もノリノリで行ってしまった。
『金髪美女~!』
とか言いながら…。

そうなのだ。橙は異性愛者で、男で自分より体格が良くて歳上の青秋なんか目に入らない。もしΩとくっつくチャンスがあっても、出来れば女性Ωが良いなと言ってるくらいに女性が好きだ。青秋とは性癖が正反対だった。

想いを告げたとしても、成就する望みの無い恋。

そんな事は、幼い頃から橙だけを見つめ続けてきた青秋自身が一番よくわかっていた。

けれど、橙が国外に行ってしまうと、今度は想いを告げられない辛さよりも姿を目に出来ない、存在を感じられない辛さの方が大きくなってきた。
このままではメンタルが参ってしまう。
恋愛関係になれなくても良い。仲の良い従弟のままでも良いから近くに置いておきたい。

そう考えた青秋の苦肉の策が、男性Ωと子を成して跡継ぎを作り、一族のうるさ型の年寄り達を黙らせる事だった。女では勃たないから、男性体なら何とかセックスできるかもしれないと青秋なりに考えた。
番を結び、子を設けて最大の不安要素さえ取り除いてやれば、青秋が橙を呼び戻しても文句は言われまい。

恋はどれだけ優秀な脳味噌すらポンコツにするらしかった。


やる気を出してみたものの、いくつかの筋から紹介された男性のΩ達はどいつもこいつも温室育ちの猫か犬のように高慢で甘ったれた顔つきをしていた。見た目だけは華奢で美しいけれど、勿論それは青秋が求める美しさではない。
中性的で、ややもすれば女性的。
とてもじゃないが、目の前でヒートを起こされても抱けそうな気がしない。
それ以上に困ったのは彼らの匂いだった。
微かに漏れてくる、甘ったるくて胸が悪くなるようなあの匂い。
生理的に受け付けなかった。
屋敷に候補として呼ぶ迄も無かった。

そして、Ω探しが難航し暗礁に乗り上げたところで、叔母の友人が経営している料理教師でアシスタントをしているという麻生一織の事が耳に入って来たのだった。



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