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番外編・天馬 中編

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 どういう場所に行く事になるかは聞いていたから多少の心構えはしていたつもりだったのにと、自分の覚悟の甘さを呪う。島の洗礼は、想像を易々と超えて来て天馬の心身を傷付けた。とはいえ、天馬の置かれている状況は、それらが癒えるのを待ってなんてくれない。翌日には店長が1人のスタッフと共に部屋にやって来て、「君の担当の嶋津だ」と紹介された。  

 細身で中肉中背の飄々とした店長と比べ、嶋津は短髪の黒髪、背が高く体格の良い男で、天馬は一瞬、大柄だった昨夜の客を思い出して腹の中が冷える思いがした。しかし、ニヤけ笑いだった客とは違い、嶋津は表情の動かない男だった。いつもなら愛想の無い人間を良く思う事は無かったのに、今は逆にその冷たさに安心する。
 天馬はローテーブルを挟んで2人と向かい合い、嶋津から仕事の流れの説明を受けた。

 島に来た客はまず、新規ならば"待合室"と呼ばれる場所へ案内されて利用規約や説明を受け、予算に応じた店を選ぶ。既に目当ての店がある場合は、直接その店舗事務所に赴いて、ボーイの指名と前払いで料金の支払いをする。決済が滞りなく行なわれると、スタッフはボーイに連絡を入れてから、客を案内する。この案内は防犯も兼ねている為、どれだけ常連の客であっても1人で向かわせる事は無い。
 ボーイが居る場所は、店が借り上げているマンションやアパートなど。大抵は店舗事務所から徒歩で五分以内にある。そこに到着すると、スタッフは当該のボーイの住む部屋の鍵を開け、客の入室を見届けてから店舗に帰っていく。昨夜、天馬の部屋に突然客が居たのは、そういった理由だった。
 ボーイ側は客を招き入れたら、まず挨拶と礼をして、客の好みに応じた飲み物を出したりして歓待する。と言っても、あるのはコーヒーかお茶。温なら電気ケトルで沸かして入れ、冷なら冷蔵庫の中に常備してあるものをグラスに注いで出す。それを一緒に飲みながら、少しの間、世間話などでコミュニケーションを図る。時にはそんな時間は余計だとすっ飛ばしてセックスに突入したがる気の早い客も居るが、その場合でもシャワーやうがい薬などでのうがいは出来るだけ勧める方が良い、との事。 

「ただでさえリスクだらけの仕事だから一応性病検査は定期的に来てくれるけど、治療となれば金がかかるし治るまで客が取れず売り上げも無くなる。そうなれば店からバンス(前借り)で払わなきゃならない。保険証ナシ医療費実費で借金増やしたくなきゃ、せいぜい自衛する事だ」

 おそらく天馬よりは幾つも歳上であろう、やや強面の嶋津に淡々と告げられ、天馬は苦々しい気持ちになった。しかし、同時に気づいた事もある。
 担当が言う、"ただでさえリスクだらけの仕事"を『短時間で簡単に稼げる仕事』として、自分は女達や祈里に強いていたのだと。風俗店で接客を受けながらも、嬢達はこんな気持ち良い事でラクに稼げるんだから良いよな、なんて考えていた。だが実際に客の欲望を叩き付けられる身を体験した今となっては、とてもじゃないがあの頃の考えには戻れない。天馬は陰鬱な気分になって、溜息を吐いた。

仕事の流れや生活上の事の説明が一通りなされた後、嶋津の横で黙っていた店長が口を開いた。
 
「そうそう、昨夜は初日なのに無理させて悪かったね。今日の内にこれ塗って早目に治しといて。明日からは店に出てもらうから」
 
 言いながら、ローテーブルの上に小指ほどの大きさのチューブを置く店長。見ると、それは天馬も知っているくらいに有名な、アナル関連でお馴染みの軟骨だった。初心者に鬼畜客を付ける外道かと思いきや、意外な気遣い。天馬は目を丸くして膏薬と店長を交互に見、嶋津はスルーするような無表情を崩さず、店長は口元だけで笑った。

「早々に使い物にならなくなっても赤字だからね」

 「...あざっす」
  
 当然ながら店長の心配は、人間としての天馬に対してではなく、自分の管理する店の商品に対するものだった。それでも、今夜はじんじんと熱を持つように痛いアナルで客を受け入れなくて良い。そう思うと、店長の思惑はどうあれ、素直にありがたいと思った天馬は礼を口にした。
 そんな天馬に向かい、店長はまたしても口を開く。

「あと、新人は一ヶ月間は外出禁止だから。要り用がある場合は嶋津に頼みな」

「えっ...外出禁止ってどういう事すか?」

 驚いて思わず聞き返す。その天馬の問いに答えたのは、店長ではなく嶋津だった。

「勝手に脱けようとしたり、病んで〇んだりしようとするのが最初の一ヶ月に1番多いからだ。状況を受け入れて落ち着くまでは24時間フル監視下にあると心得ていてくれ」

「監視...え、まさか」
 
天馬はパッと部屋中を見回した。自〇を防ぐ為のフル監視。それはつまり...。
だが嶋津は、そんな天馬の様子を見ながらもやはり淡々と言った。
 
「素人目にわかるほど簡単に仕掛けちゃいない。客だって入るんだからな」

「そんな。プライバシーとか...」

「プライバシーとか人権とか、借金を負ってこの島に居る間は、アンタらにそんなものは無い。それに...カメラはこの部屋とマンション内だけじゃない。島中至る所に設置されている」

「は...」

 無表情のままの嶋津にピシャリと言い放たれ、天馬は言葉を失う。 鉄格子と夥しい数の監視カメラに囲まれ、人権もプライバシーも無い。ヤバい所に債権が渡るというのはこういう事なのだろうか。
 しかし、そうして顔を青ざめさせた天馬に、嶋津はダメ押しのように言った。

「とんでもないと思っているなら、その考えはさっさと捨てる事をすすめる。この島で済んでるならアンタはまだ幸運な方だ。漁船に乗せられて過酷な労働、夜は何十人もの全員のオモチャにされた上、くたばったら海に捨てられるってコースもあるんだからな」

「...」

「て事だから...まぁ、ね。頑張って早く慣れる事だよ」

 慰めるでもなく気怠げに言う店長に、天馬は今度こそ言葉を失った。



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