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㊵
しおりを挟む魅入られて、耽溺して、忘我の境地に追い詰められるように抱かれて。終わった後には、繋がっていた時よりも一層愛しむように抱きしめられて。
広いベッドの上、自身の体を包み込んでくる麗都の腕の中で、祈里は生まれて初めて満たされて微睡んだ。背中から抱きしめられると麗都の心臓の鼓動が皮膚越しに伝わって来て、祈里の鼓動と溶け合う。セックスとはまた別種の一体感。
それは、祈里が初めて味わう安らぎだった。こんなものを与えられては、ますます麗都に惹かれてしまうではないか。
(失恋したばっかの筈なのに、僕って節操無し…)
そう思っても、急速に傾倒していく心は止められそうにない。それでなくとも、稀に見るような色男に頭の先から足の爪先まで慰撫するように悦くされてしまったのだから。
今まで、祈里にとってセックスというのは、相手への奉仕に過ぎなかった。体を開いて好きに弄らせて、欲を受け止めてやる。求められれば拒まず、従順に振る舞えば、皆優しくしてくれた。優しくされれば、嬉しかった。弟気質で、特に歳上の男性に構い倒されながら育ち、少し寂しがり屋に育ってしまった祈里は、彼らの優しさを求めたのだ。しかし大概の場合、その優しさは祈里の体と引き換えだったのだが…。
けれど今夜、それを麗都に覆されてしまった。いつもならば、奥を貫かれながらも祈里の心も頭も何処か冷めていた。なのに、麗都とのセックスは冷める暇すら無く燃え上がらされて、重なって、溶け合って…。まるで凹と凸が重なり合うように、失くしていたパズルのピースがピタリと嵌ったかのように、2人はこれ以上無いほどに一つになれた。
麗都の腕の中は、あたたかくて心地良く、まるでずっと前からこうしていたような安心感がある。その上2人は肌の相性が良く、触れているだけで妙に快い。あんなに生臭くて苦手な筈の他人の匂いも、麗都の体臭や唾液の匂いは不快ではない。恋人だと思っていた天馬とでさえ拒否感があったキスも、麗都とは無抵抗で受け入れられるのだ。そういった自分の心身の反応を見ると、深い部分で麗都を受け入れているのだとわかってしまった。
絆されて、抱かれて、また絆されて。男に傷つけられたばかりなのに、もうそのダメージを殆ど感じなくなっている自分に驚いてしまう。これは麗都のお陰なのか、自分が薄情なのか。
けれど、意外とそんな今の状況が嫌ではない。
最初に祈里をこの部屋に連れ込んだ時に麗都が言った、「本当の恋人になる」という言葉。世迷言をと戸惑いながら聞いたあれが本気の言葉だったのだと、今はもうわかっている。麗都という人間は、おそらく祈里の為なら手段を厭わない。それに怖さを感じる反面、嬉しくもあると祈里は思った。だから…。
(この人のそばに、居てみてもいいかな)
自分を救いあげる為にあらゆる力を使って天馬を排除したNO.1ホスト。そんな男の恋人に収まって、蕩けるほどに愛される日常とはどんなものなのだろう。そんな怖いもの見たさも、正直あるなと思った。
ぐるぐると考える事に疲れた頃、祈里は麗都の腕の中でコロンと寝返りを打った。その拍子に、寝ているとばかり思っていた麗都と目が合って、祈里は息を呑んだ。
(わっ…)
薄暗がりの中でもはっきりと浮き上がる美貌、切れ長の目。この目に体の隅々までを暴かれてしまったのだと思うと、今更ながらに顔が熱くなる。
「お、起きてたん、ですか…」
うわずる声でそう言った祈里の額に、麗都は愛しげに唇を落とした後、言った。
「勿体なくて」
「もったいない?」
「可愛くて、ずっと見ていたい」
「かっ…」
甘い声。
客には言われ慣れている言葉の筈なのに、それが麗都の唇と声に乗った途端に破壊力が半端ない。確かにこれでは、女性客はイチコロだろうなと納得すると同時に、ある事を思い出した。
途端に、ふわふわしていた気分が一転して沈んでいく。そんな祈里の表情の変化を、麗都はすぐに察知して問いかけた。
「どうかした?」
「やっぱり、僕…麗都さんとは付き合えない」
「…どうして?」
ほぼ手中に収めかけていると確信しかけていたところにそう言われ、麗都は動揺した。だがそれを押し隠し、理由を聞く。さっきまではあとひと押しだと感触があったのに、僅かな間に祈里の胸の中で何があったのか。
じっと自分を見つめる麗都の視線に居心地悪そうにしながら、祈里はぽそりと答える。
「だって…麗都さんも、ホストでしょ」
天馬と同じ、ホスト。祈里はずっと、ホストを生業とする天馬と女性客達との関係を不安に思っていた。それを口にした時、天馬は女性は恋愛対象外だと笑っていたが、実際には客どころか風俗嬢に入れ上げるほどに女好きだった。つまり、嘘をつかれていたのだ。それを思うと、麗都だって…そう思ってしまう。いくら愛を囁かれても、もうホストというだけで、信じる事など出来そうにない。
しかし麗都もさるもので、そんな祈里の一言だけで、言わんとしている事の全てを汲み取った。あの底辺と同じと括られるのは心外だが、辛い経験をさせられた祈里に今それを言うのは酷だ。
麗都はむくりと起き上がり、祈里の事も抱き起こして、向き合うように座らせた。そして自分も正座に居住まいを正してから、戸惑っている祈里の顔を真剣な表情で見つめ、言った。
「うん。じゃあ、辞めるよ、ホスト」
「えっ?」
あまりにサラッと言われたので、祈里は少しの間何を言われたのかわからなかった。驚くよりもポカンとして、まじまじと麗都の顔を見つめてしまう。そんな祈里に、今度は噛み砕くようにゆっくりと話す麗都。
「辞める。俺がホストなのが不安なんだよね?なら辞めるよ、すぐにでも」
重大な事をいともあっさりと決めてしまった麗都はニッコリと笑い、まだ呆然としている祈里を抱きしめた。
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