NO.1様は略奪したい

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 翌日は店に出勤し、麗都が本格的に動き出したのは、宇高の事務所を訪れてから5日後だった。

 たまたま見てしまっただけの青年の身辺を探るような真似をしてしまった事を反省しつつ、自分にそこまでしてさせてしまう彼の方に何かがあるのではと思ってしまう。でもその度に、頭の何処かで冷静な自分が突っ込む。

(...いや、あの子の所為にするのは卑怯だな。俺が。俺が勝手に気になってるだけだ)

 では、何故気になるのか。テンマとの関係性への興味本位というだけでは割り切れないこの気持ち。
 彼の後ろ姿を見た時の細い首筋。触れてみたかった。蒸し暑く、空気の動かない夜の街を吹き抜けた涼やかな微風。
 彼が通り過ぎた瞬間、忘れていた呼吸を思い出したような、そんな感覚があった。懐かしいような、胸の奥の深い部分を撫でられたような。その感覚を言葉なんかで言い表すのは難しい。

 数日間、そんな自問自答を繰り返して。ようやく麗都は、自分が本当に祈里に惹かれているのだと認める事が出来た。どんな事であれ悩むだけ損、を旨として生きて来た麗都にしては珍しく長考だ。 けれど一度答えが出てしまったなら、もう迷わない。何せ、自分の気持ちを整理していたこの数日の間でさえ、祈里がどうしているだろうかと気になって仕方なかったのだから。

 とはいえ、只でさえ多忙な身。それを認められたからといって、すぐに何かが出来る訳でも麗都自身があちこち動ける訳でもなく。取り敢えず麗都がしたのは、知人の私立探偵に電話をする事だった。

 
 私立探偵。世の多くの人々が探偵に抱くイメージとしては、小説や漫画、ドラマなどに登場し、卓越した頭脳と豊富な見識を持ち、それを用いて警察と共に、或いは単独で華麗な推理を展開して事件を解決に導く...なんてところだろうか。しかし実際の探偵の仕事なんてものは、婚前調査や浮気調査、素行調査などという至って地味なものばかりだ。そして、これから登場する私立探偵もご多分にもれず、そんな地味な仕事を生業としている男だった。
 
 その名を、和久田と言う。

 和久田とは、とある失踪人探しの案件で彼が麗都に接触してきた事がきっかけで知り合った。失踪人は女子大生で、部屋の引き出しに麗都の店名刺があった事から聞き込みに来たのだと言われた。実際に本人の顔写真を見てみると、それは確かに何度か麗都指名で来店した事のある客だった為、一言連絡してみるとまんまと来店したところを待ち構えていた和久田が確保。家族に連絡して一件落着となった。どうやら家族に素行の悪さを咎められ、付き合っていた男の家に入り浸っていたらしい。
 早期解決に和久田からは協力に感謝され、それ以来、時たま客を連れて来店してくれるようになった。

「麗都さんにはお世話になりましたので、何かあれば格安でお引き受けしますよ」

 和久田は事ある毎にそう言うが、それは半分本心で半分は建前だろうと麗都は思っている。理由をつけて麗都と繋がっていれば、夜の街の情報を集め易いというのが本音だろうと。
 しかし、客として来てくれており、和久田自身も飄々として付き合い易いタイプの人間だ。麗都としてはマイナスの関係ではないので、繋がりは続いていた。それがまさか、ここに来て役立つ日が来ようとは。

 数回のコールの後、和久田は電話に出た。

『あれ?麗都さん?お久しぶりですね、珍しいじゃないですか、コッチ(電話)だなんて』

 スマホの機体を通して耳に響いてくる声は相変わらず淡々としている。言っている事は意外だと言わんばかりなのに、口調は平坦で動揺を感じさせないのは、一種の職業病なのだろうか。だが、それがラクだ。
 
「お久しぶりです。突然申し訳ありません、今ってお取り込み中ですか?」

 流石に前触れ無しは失礼だっただろうか。相手は探偵なのだから、もし仕事中なら長話は出来ないだろう。その場合はコールバックを待つつもりでそう聞いたのだが、和久田からは大丈夫だという答えが返って来た。

『ああ、いえ。少し厄介だった案件が今朝片付いたんで、数日ぶりにゆっくり寝て起きたとこですよ』

「そうでしたか、お疲れ様です」

 仕事明けだったらしい。タイミングは悪くなかったようだと麗都がホッとしていると、和久田の方から問いかけて来た。

『ところで、LIMEではなくわざわざ電話を下さったって事は、...何かありました?』

  察しの良い和久田は、話も早い。普段とは違うコンタクトの仕方に違和感を感じたのか、すぐに話を引き出そうとしてくれる。流石だ、と思いつつ、麗都は口を開いた。

「実は、素行調査をお願いしたいと思ってて。1週間ずつ、2人を」

 和久田は電話の向こうで一瞬押し黙ったが、すぐにこう返して来た。

『1週間ずつ2人の素行調査、ですか』

「はい、2人です。一人は...もしかするともう少しかかるかも」

『なるほど、構いませんが...その2人の名前や写真はあったりしますか?』

「写真...」

 写真は、手元には無い。現段階では無いが、用意は出来る、と思う。何せテンマは同じ店に勤めているのだし、祈里は出没スポット自体は掴んでいる。ただ、麗都自らが動いて撮りに行くのは目立ってしまうのではないか。自信が無い。
 数秒悩んだ末、麗都は言った。

「その辺りもご相談したいので、お時間いただけませんか。出来れば、今夜店に来ていただけると」

『店にですか?しかし、店で話すとなると...』

 そう言って語尾を濁す和久田。彼の躊躇はわかる。店は決して静かな場所ではないし、相談するには不適切な場所に思えるだろう。しかしそこに調査依頼の対象の片方が居るので、直に確認してもらいたい。そして、顔を覚えて欲しい。それを話すと、和久田は納得したようだった。

「俺の都合でお呼びだてするので、案件中の料金は結構です。その代わり、その間はおひとりで来店してくださると話すのに都合が良いかと」

『なるほど。ではそのようにして、今夜お店にお伺いします』

「お席は和久田さんの名前でリザーブしておきますので、普段通りいらっしゃってください」

『わかりました』

 和久田との通話を終え、麗都は今度はマネージャーに連絡を取り、席の予約を捩じ込んだ。平日の23時過ぎだからそうまで混むとは思えないが、万が一にも入店出来なくなるなんて事態は避けたい。取り掛かると決めたら、一刻も早く事を進めたかった。
 
(これで、店の客でもないあの子が、何故テンマのような男に搾取される羽目になってるのかがわかるだろうか)
 
 祈里のような青年が、進んであの稼業に手を染めているとはどうしても思えない。いくらテンマに好意を持っているにせよ、風俗に金を落とすのをわかっていながら金を渡しているとも考えにくい。
 
 何か理由がある筈だ、何かが。そしてそれを握る事こそが、自分の次の望みに繋がると、麗都は直感している。
 麗都は祈里を救いたいのだ。あの、夜空に輝く星のような煌めきが濁ってしまう前に。

 そして...。






 
 
 
 
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