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しおりを挟むその履歴書を簡易にしたような書類には、本籍地の記載欄こそ省かれているものの、本名を始めとして、生年月日、現住所などが本人の自筆で書き込まれていた。学歴も最終学歴だけではなく、ご丁寧に出身幼稚園から大学まで全て記入してしまっているのを見て、麗都は少し遠い目をした。
(この子、個人情報とかって考えないのかな…)
通常、夜の仕事では水商売でも風俗でも、店側スタッフならともかく、プレイヤーに履歴書を求める事はあまりない。代わりに身分証提示が必須で、コピーも取られる。店側としてはプレイヤーの年齢と本籍地が確認できさえすれば良いからだ。面接を受ける側もそれを知っているから、面接時に本来不要な筈の履歴書みたいなものを出されても、普通は警戒心を抱いて必要最低限の事のみを記入したり、誤魔化して書いたりもする。それをわかっていながら宇高がこの用紙を書かせるのは、特に悪用を考えている訳ではなく、単なる趣味、お遊びだった。こういうものに対する反応を見ると、大体相手の性格がわかる。
だから、以前から顔見知りだったホストの一人がその青年を連れて来た時も、内心では(ここで男は珍しいな)と思いつつ、いつもの習慣で何の気無くその用紙を差し出したのだ。
「書けるとこだけで構わない」
と言って。
そうしたら、実家の住所と、通っていた保育園から大学までを、とても几帳面な字できっちりと記入して返して来た。後で調べてみたら、身分証と照らし合わせても本籍地と実家の住所は一致しており、各学校も実在していて矛盾は無かった。
(馬鹿正直な…。大丈夫か、こんな)
喫茶店で引き合わされた時から、何故こんな青年が、と不思議だった。通常ホストに連れて来られるような人間は、店に売り掛けがあったり、貢いだ所為で借金を抱えて首が回らなくなったりして切羽詰まって宇高の元へ来るのに、その青年にはそのどれも無いのだという。金に困っている訳でもなく、ただ本人の希望で働きたい、とだけ。連れてきたテンマも、「稼がせてやりたい」としか言わない。
妙だな、とは宇高も思った。何も背負っていないのに、わざわざ色んなリスクのあるウリをしたいだなんて物好きな、と。それも、この街で。少し離れた別の地域ならば男のウリも珍しくはないが、ホス狂の女だらけの此処では目にする事は無い。
青年を見ると、細身で少々頼りないながらも、顔立ちは整っていて品がある。テンマの店でホストでもやらせれば化けるのでは、とも思ったが、ウリで稼ごうと考えるくらいだから女嫌いなのかもなと結論付けた。しかも、そんな稼業の元締めである怪し気な人間の差し出したものに馬鹿正直に個人情報を記入してしまうくらいにスレていない。
(もしかして、この2人…)
あらぬ考えが頭に浮かんだ。いや、昨今では決して珍しくはないが、しかし…。
宇高は目の前の青年に視線をやった。彼は始めて会う宇高と、やはり始めてのシチュエーションに緊張しているのか、あまり自分からは喋らない。しかしその瞳だけは饒舌で、自分を連れて来たテンマにチラチラと熱っぽい視線をやって、出勤だと行ってしまうまでずっと様子を伺っていた。関係性は推し量れないが、青年の方は間違いなくテンマに気がある。
(…やっぱりか。しかしよりによってアイツとは、趣味が悪過ぎやしないか、兄ちゃん)
あのテンマという男はこの界隈では有名人だ。主に、悪い意味で。女好きの風俗好き、稼いだ給料は全部風俗に注ぎ込む。本来なら取り込んで客にするべき風俗嬢にハマり、ミイラ取りがミイラになっていると同業者には笑いものにされているのが、このテンマというホストだった。
それほどに女に目がない男が、男とどうにかなっている?
(…まさかな。…いや、しかし…)
宇高は青年をもう一度観察した。
小さな白い顔に、艶のある素直な黒髪が映える。目自体は特別大きい訳では無いが、瞳は大きく黒曜石のような煌めきがある。睫毛はびっしりと密度があり、下睫毛も長い。こんな目で見つめられたら、男とわかっていても一瞬クラッと惑わされそうだ。鼻はスッと通って高いが癖が無く、やや厚めの下唇には誘うような色香を感じる。顔だけでなく、首や腕、手指の肌はきめ細やかで、先細りの指は長く、その先には桜貝のような愛らしい色の爪が短く切り揃えられていた。
骨格自体が華奢な作りなのだろうか、関節が細く、20歳という年齢の割りには全体の肉付きがまだ少年のようにすんなりとしていて、腰も細く尻も小さい。そんな容姿を持っているというのに、服装は今時の大学生にしては至って地味。けれど、質は良さそうな物を着ている。やはり本人が金を欲しているとは考えにくい。
育ちが良く、大人しく、対人関係においては受け身で、金には困っていない。
そんな人間がこんな稼業に足を踏み入れるとしたら、理由はやはり、色恋…とどうしてもそこに考えが行き着いてしまうが、まあそれも臆測に過ぎない。実情がどうであろうと、本人がそうしたいと言っているものに横槍を入れる立場でもない。
宇高は黙って青年を引き受け、最適と思われるエリアの公園に彼を割り振った……。
「それがこの子という訳ですね。えーと…」
「久高 祈里です」
「久高、祈里…祈里か」
名前を呟きながら紙上で目線を流していくと、ぎこちない真顔をスマホで正面から撮ったような顔写真が目に入った。横顔しか知らなかったが、初めて見る正面顔も期待を裏切らず綺麗だと麗都は思った。しかし、下がり気味の眉がなんだか自信無さげで、せっかくの目力を半減させているような。だがそれが逆にコケティッシュにも見えて、なるほどこれは女よりも男へのセックスアピールになりそうではある。唇の右下には小さなホクロがあり、それが下唇のふっくら感と相まって妙に艶めかしい。
「まあ素材でこれですからね、女の中に放り込んだって売れるとは思いました。実際、まだひと月ですが、見ている限りリピ率が段違いです。あんなとこに立たせて安売りさせとくのも勿体無いんで、その内ウチが出す高級店の看板にでもって考えてたんですがね…」
「…そんなに売れてるんですか?」
麗都が眉を顰めて宇高に質問すると、宇高は肩を竦めて答えた。
「そりゃあもう。…ただ、どうやらあの子の懐には入っちゃいないようですがね。で、不思議な事に最近、テンマの羽振りが良くなったって顔見知りの嬢から聞きましたよ。これって偶然…ですかねえ」
苦笑しながらそう言った宇高に麗都は何も答えず、祈里の顔写真を凝視した。
(なんだろう、何処かで…)
何故だか妙に胸が騒ぐ。
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