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しおりを挟む(え、キス…?)
仮にもまだ営業中のホストがわざわざ仕事を抜け出して来て、裏口で落ち合った人間とキスをしている。しかも相手は男。つまり、そういう関係、という事だろうか?
大っぴらには言えないが、同性が好き、もしくは "同性も好き"な両刀だというホストが少なからず存在する事は麗都も知っている。だが、あのテンマというホストに関しては…キスをするほどの関係の同性が居る事に、少し意外さを感じた。
出勤が少なく店への滞在時間が短いと言えど、カリスマホストと呼ばれる麗都。彼はその求心力で、客だけでなく多くのキャスト、スタッフにも慕われている。時には幹部達やオーナーの愚痴に付き合って話を聞く事もあり、店や会社、街の情報や噂話も耳に入って来る。勿論それは、店の客の女達からも。そして麗都は、意外にもそれらを聞くのが苦ではない。それは麗都の本業にも関連しているのだが、それはここでは置いておく。
そんな風にして入ってきた数々の情報によって、麗都がテンマというキャストに持っていた認識は、『極度の風俗狂い』だ。これは、麗都の客の中に居る数人の風俗嬢達の「店に来て口説かれた」「出待ちをされた」「付き合おうと付き纏われた」なんていうクレームめいた愚痴の数々と、現時点でテンマがハマって通い詰めている嬢が居るという事実によって、麗都の中に形成されたイメージだった。新人や売れないホストがキャバ嬢や風俗嬢に営業を掛ける為に店に行くのはよくある事ではあるが、それはあくまで店に来店してもらう為に顔を売る為であり、顧客獲得業務の一環だ。しかしテンマのそれは明らかに度を超えているらしい。要するにテンマの方が嬢にハマって指名で通い詰めているのだ。
だが、今目の前ではその風俗狂い、女好きの筈のテンマが自分から男にキスをしている光景が。
(女好きだとばかり思い込んでたけど、バイだったのか?)
テンマに対する認識をアップデートする必要があるのかもしれない。それはそれとして、いつまでも他人のキスシーンを見ていても悪いな、と麗都が目を逸らそうとした時だった。先にテンマから離れた青年が、数枚の札を剥き身のままテンマに差し出したのは。
(金…)
青年から金を受け取ったテンマは、その枚数を数えてからスラックスの尻ポケットに無造作に仕舞う。そして、青年の頭を撫でた。青年はそれに、嬉しそうにまた笑顔を見せて…。
麗都は少し混乱した。あの青年は、借金を返しに来ているのだろうか?しかし青年の笑顔や2人の距離感からして、そう考えるには違和感があり過ぎる。では、親しい関係であらる青年がテンマに頼まれて貸しに来た?
考えている内に、横から服の裾を引っ張られ、なにをしているのかと声を掛けられた。振り向くと、息を切らした客が不思議そうな顔で立っている。それを見て、ああそうか、同伴で入る為にこの客を待っていたんだっけと思い出した。一緒に入店すると、数分の内に他の指名客も2組来店していた。3卓を行き来している内にまた客の来店し、受け持ちは4卓に。麗都の客の各テーブルでは高価なボトルがおろされ、その度にどやどやと集まって来るキャスト達によるコールが響き、栓が抜かれていく。どれかのテーブルでヘルプに入っているテンマの姿も見たが、顔を見るとさっき見た光景が思い出されて気が散った。
何故だろうと不思議になる。たまたま数居るキャストの一人のプライベートを垣間見てしまっただけの事を、何故こんなに気にしているんだろうかと。あの青年の横顔が頭から離れない。
キスはしていた。距離は近かった。2人はどの程度の関係なのだろう。体の関係はあるのか。あの金は何だったのか。
特に 好奇心が強いという訳ではないが、一旦興味を持ってしまえばとことん突き詰めたくなる。そんな麗都が、テンマと青年の関係性に疑問を持った。そして全てを調べ上げるのに、さほど時間はかからなかった。
それでわかったのは。
最近、テンマが宇高に"男"をひとり、任せたという事。宇高というのは、この街の立ちんぼ…つまり個人で商売をしている女達のトラブル対応などのケツ持ちを担当している、所謂アンダーグラウンドの住人だ。多くの人々の集まる繁華街を擁するこの街には幾つかの反社会的なグループが介入していて、宇高はその中でも一番大きな組織の人間。勿論、そんな組織が善意でそんな役割を担う訳がなく、娼婦達は毎月、売り上げの中から一定のみかじめ料的な金を徴収されている。そしてそれを支払わなければその場所に立つ事は許されない。
一見、組織が娼婦から搾取している理不尽な構図に見えるが、店舗という後ろ盾を持たずに働いている娼婦達の多くは、安全に稼ぐ為の必要経費だと割り切っている。実際、飲食店や飲み屋だかけで酔客が多い割りには、この街の立ちんぼ事情は他より治安が良い。それはひとえに、宇高の属している組織の代紋の威光である事は否めない。
ゆえに、この辺りのホストで宇高を知らない人間は居なかった。売り掛けが焦げ付いた客を宇高の元に連れて行けば、その客の容姿、年齢、雰囲気を見た上で、客引きに適したエリアを割り振って貰える。時には、同じ組織の風俗店などを統括している人間に回される事もあるが、どちらにせよ宇高を窓口だという事に変わりは無かった。
そんな宇高のところに、テンマが客の女ではなく、男を。しかも、売り掛けや借金持ちではない、完全な素人の男を連れて行ったというのだ。間違いなくあの夜見た青年の事だろうと思った。あの青年は美しかった。派手で目立つタイプではなく、服装も地味だったが、妙に男の目を惹く。テンマもその辺りに目を付けたのだろうか。この青年なら、十分売り物になると。事実、数多の女を手掛けて目の肥えた宇高も、二つ返事で青年を受け入れたらしいから、テンマも伊達に風俗にハマっていたのではないという事か、と、麗都はほんの少しだけ感心した。
だが、もっと詳細をとアポを取り出向いた宇高の事務所で、麗都はいくつもの隠された事実と、あの青年の正体を知る事になる。
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