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①
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フェンスに体をもたせかけ、すっかり薄暗くなった空を見上げながら祈里は思う。
とある歓楽街の外れにある、こじんまりとした公園。花壇には常緑樹や落葉樹。中には小さな砂場やブランコ、滑り台といった遊具があり、昼間には幼い子供連れの母親達も少なくないという、よく手入れされた小綺麗な公園だ。しかし、それも日のあるうちまで。夕方になると利用者の雰囲気はガラリと変わる。
入口に並ぶシルバーのビポールとその間を繋いでいるチェーンや入り口付近のベンチには、思い思いのファッションに身を包んだ若い女達が腰掛けており、街灯の下に立っている者も居る。そしてその誰もがどこか人待ち顔で手にしたスマホを弄り俯いていた。時折通りかかる男達の舐めるような不躾な視線も、彼女達は気に留めない。その内物色が済むと、男達は目当ての女性に近づいて声を掛ける。そして短い会話と手だけのゼスチャーを交わし、連れ立って何処かへ消えて行くのだ。
ここは所謂、路上〇春をする女性達の集う場所だ。所謂、立ちんぼ。そして祈里も、そんな春をひさいでいる一人。但し女性ではない。祈里はこの辺りでは珍しい、若い男の立ちんぼだった。
しかしその所為なのか、単に男にしてはなかなか綺麗な顔立ちをしているからか、同じように客待ちしている女性達よりも祈里の客づきは良い。此処に立ち始めてからまだ2ヶ月ほどだけれど、既に常連と言える客も多く付いていて、お茶をひく日や希望額に達さない日は一日も無かった。しかし、その事に祈里はいつも複雑な気持ちでいる。どんなに稼ごうが、その金は1円たりとも祈里の懐には入らないからだ。
そもそも、ごく普通の大学生である祈里がこの仕事を始めたのは、自分の為ではなく、付き合っている彼氏の天馬に泣きつかれたからだ。半年前にマッチングアプリで知り合って付き合い始めた天馬は、実は売れないホストだった。それを初めて打ち明けられたのは、恋人になって3ヶ月が過ぎた頃。
何処と無く挙動不審で掴みどころのない天馬をおかしく思い、浮気や二股を疑った祈里は、日曜に部屋に来た天馬にそれとなく聞いてみた。そうしたら、あっさりとホストなのだと白状されたのだ。
道理でやたら夜中のLIME返信が多かったし、会えるのも日曜のみで、しかも部屋デートばかりだった筈だ。平日の夕方に外でのデートに誘っても応じてくれなかった事にも納得がいく。ホストクラブに出勤しなければならなかったからだ。要するに仕事。しかし、その仕事がホストとなれば、理由が判明したからと安心できるものでもなく。
「ホストって女相手の仕事じゃん。天馬って女の方が好きなの?」
眉を寄せ、不信感丸出しでそう聞いた祈里に、天馬はブンブンと首を振って答えた。
「いやいや、違うって。女が恋愛対象にならないからこの仕事なんだって!」
「…どういう事?」
「興味が無いからこそ仕事だって割り切れるじゃん」
「…そういうもの?」
「そういうもんだよ」
納得できるような、できないような。
しかし、テンションが高く調子の良い天馬に丸め込まれて、それ以上問い詰める事はできなかった。
「だから心配すんなって。客の女がどんだけ来ようが浮気なんかしねえし」
腰を抱きしめてきて誤魔化すようにキスをしようとする天馬の唇を手で寸止めして、祈里は不満な声を洩らす。
「でも、女の子はそうでも…同僚のホストさん達はカッコイイ人が多いんじゃないの?」
「まあ、そりゃいるけど、派手だし香水くせえし。俺は祈里みたいな、清楚系のキレカワが好きなんだよ」
「調子良い事ばっか言っちゃって…」
でも、そんな事を言われて悪い気はしない。
祈里はキスを許し、天馬の煙草臭く苦い舌で口内を舐め回された。息が苦しくなってきたところで唇を離され、Tシャツを捲りあげられて乳首を吸われてなし崩し的にセックスをされて、その日の話は何となくそれで終わってしまった。
しかし、それから祈里は考えた。
天馬の事は好きだ。でも、全てを受けいれられるほど信じている訳ではない。いくら割り切った接客業務だとはいえ、自分の恋人が擬似的にでも誰かの恋人になるのは耐えられそうになかった。となれば、結果はひとつ。
(これ以上好きにならない内に別れた方が良いのかなあ)
考えた末、なんとなくそう決めた。
数日後、大学の学食で食事を済ませてゆっくりコーヒーを飲んでいると、天馬からいつになく切羽詰まったようなLIMEが来た。
―ごめん。急なんだけど、夕方部屋に寄って良い?―
祈里は驚いた。そして、思わず日付けを確認してしまった。何故ならその日は、平日の木曜日だったからだ。
―え、仕事は?休み?―
そう返した祈里に、また天馬から返信が来る。
―いや、仕事だけど、ちょっと話があって―
どういう事だろう?と首を傾げる祈里。しかし、いつにない歯切れの悪さからして、今遣り取りしても何も言わない気がする。
(もしかして別れ話とか?それならそれでこっちも願ったり叶ったりだけど…うん)
別れようとは思っていたから、もしそういう話なら渡りに船。そう思っても、いざそう言われるかもと想像すると何だか妙な胸騒ぎがして、祈里は複雑な思いを抱えたまま次の講義に向かった。
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