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32 再会

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翌々日。


奏は総に連れられ、利一の病室の前に居た。

ここ迄辿り着くのは長かった、と奏は思った。

自分一人では、おそらく一生 此処に来る事は叶わなかった。

父や兄に逆らうなんて事は、考えられなかっただろう。
まさかそれが、学生時代にあれだけ反目(一方的に)していた梁瀬の協力で実現するなんて事も、あの頃には考えられなかった。

少しだけ、利一に面差しが似ていると思っていた梁瀬。
だからこそ、相手にされない事に必要以上にイラついたのだと、今ならわかる。

婚約した時も、いい気味だとさえ思ったりして。
俺には愛だの恋だの、わからないと思い込んでいたから、そんな俺と同じように家の道具として生きれば良いと思った。
所詮、お高くとまってたってお前だって俺と同じ穴の狢なんだ、と。

なのに、梁瀬は鈴木と出会ってて、何時の間にか幸せそうにしていて、奏だけ取り残されたように感じて許せなかった。

なんで、お前には居るんだ、と嫉妬したのだ。

俺のは、とられたのに、と。

利一の事を、慕っていたのに、外国で大学を卒業して就職したとの父の言葉を鵜呑みにして、連絡ひとつ寄越さない利一を何時の間にか恨むようになっていた。
母と奏の為にお医者になるなんて、嘘だったのかと。

薄情者だと、詰りながら泣いて寝た夜もあった。

あれだけ俺に好きだと、愛してると、運命だと、奏には利一しかいないんだと、産まれた時から何度も何度も洗脳するかのように囁いておきながら。

あれだけ、奏の体に利一の体温と形を、覚え込ませておきながら。

利一を消したくて始めた男遊びは、結局利一の代わりになる男を求めたものだと気づいても、利一は帰っては来なかった。

梁瀬と鈴木に話を聞いてもらって、奏は初めて自分の気持ちを自覚出来たのだ。
やっぱり利一が良いと。
諦める事なんか出来ない。



だから、ありったけの勇気を出して兄と話した。
それだって、梁瀬と鈴木がいなければ、出来なかったけれど。



だが、結果として 奏は利一の元に辿り着いた。


(結果オーライだよね…。)


奏は数回深呼吸をして、病室の扉を開けた。












「……ちぃ兄…。」

「カナ、なのか…。」


奏の姿を目にした瞬間、利一はリクライニングチェアから飛び降りて、何処にそんな体力が残っていたのかと思う程の素早さで、裸足のまま駆け寄った。

「ちぃ兄……ちぃ兄…、」

すっかり色の抜けた髪に、痩せて筋肉の落ちた腕、痩けた頬。

あの頃の利一の姿とは、すっかり変わってしまった。
それでも相変わらず美しく優しい面差し。
奏を見詰める、蕩けるような慈しみの眼差し。


違う、変わってなんかない、と抱きしめられながら奏は思った。

利一の匂いも温かさも、変わってなんかいない。

俺はやっぱりこの人が良い、と。



「こんなに、大きくなったんだな。」

利一は奏の髪を、すっかり細くなった指で梳かしながら感慨深げに呟いた。

「大きくなっちゃったよ…。
小さい方が、よかった?」

利一の胸に抱かれて、その灰褐色の長い髪を指で弄ぶようにしながら奏は利一を見上げた。
大きく……と言っても、Ωの奏は成人男性としては小柄で華奢だ。

「なってくれてよかったよ。どんなカナも俺には可愛いカナだ。」

利一は奏をリビングのソファに誘導した。

リビングには既に総が座っていたが、奏をべったりくっ付けた利一を見ると苦笑した。


「兄さん…、よかったの?カナを…。」

「良いんだ、もう。

どうせじき、俺の代になる。」

「兄さん…。ありがとう。」


総の心に迷いがあるのは利一も薄々感じていた。
兄弟としての情が、父と利一達の間で板挟みになって、総は総で辛かったのだろうと理解できる。
荒んでいく奏と憔悴していく利一を見て、心を痛めていない訳が無い。

少し冷たげに見えても、元々は兄弟思いの優しい兄だ。

只、木本の長男として、父や家を支える責任感が 総を父に従わせていた。


でももう、弟達は解放してやって良い。
2人が共に生きる道を選ぼうが、総は兄として出来る事をするつもりだ。

例えそれが、摂理に反していると批難されても。




総はスマホを操作し、奏のチョーカーのロックを解いた。



「お前達がどんな未来を選択するのかは任せる。

なに、気にするな。

俺が壁になってやるさ。」


10年、味方になってやれなかった罪滅ぼしくらいはする、と 総は困ったような顔で微笑んだ。

そして、


「さて。今から戻って、暫くは後処理だ。
奏は利一とここに避難してろ。

病院には話を通してある。」


と言ってソファを立った。


「え、どうするの?」

利一が聞く。

総は少し考えてから答えた。

「家に戻るのも、父さんの手前、差し障りがあるだろ。
それにお前の体も回復させないといけないだろうし、当分はこのまま奏と此処で暮らす方が良いだろ。」

「カナと…。」

利一は夢のようだった。

10年の悪夢から、今日 突然覚めて、全てが自分の手の中に戻ってくるのだろうか。

本当に?

奏はそんな利一を見つめて、

「ちぃ兄、気持ち、変わってない?」

と不安そうに聞く。

利一は奏に向かい、

「当たり前だ。
俺とカナは、運命の番なんだよ。」


と、奏の聞き慣れた優しい声で、10年前と1字1句違わぬ言葉で微笑んだ。




それを見届けてから、総は病院を後にした。






弱り切っていた利一の体力の回復を待って、奏との番を結んだのは、それから1週間後の事だった。







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