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26 同病相憐れむ的な (風祭)
しおりを挟む車内で寝てしまった泰をヒロトがアパートの部屋へ運び、マットレスの上に寝かせた。僕も泰の荷物を持って部屋に入ったけど、泰が直ぐにはシャワーすら浴びれそうもない事に気づいて、それを置いて近くのスーパーとドラッグストアに走った。
何かこう、あったよね、介護用品とかの大っきい体拭くようなシート。
泰の部屋にはろくな食糧も無かったし、塗り薬なんかもあるかわからない。ついでに買っとこう。
泰の手首には痣が出来ていた。跡は時間経過で消えるかもしれないけど、包帯なんかもある方が良いかな。
僕は取り敢えず、泰が何時も買い物してるような卵や、ハム、パンに野菜を数点、すぐ食べられそうなレトルトのお粥やポカリを買った。
それからドラッグストアに寄って、目ぼしい品数点。
それを急いで泰の部屋へ運んで、冷蔵庫に入れた。
ヒロトが驚いて、
「悪いな、金払う。いくら?」
と、そう言ってくれたけど、僕は首を横に振った。
昼前にこの部屋を出た時には強く感じていたコイツへのジェラシーは、とうに消えてしまっている。
僕は情けない。
恋敵だと思っていた本條に庇われて。あんまり格好悪いし後味悪いもんだから、堪らず白状してしまった。
別に!別に、罪悪感からとかじゃないから!
それに、ヒロト。
泰がどうなっても構わないなんて、あんなの見せられたら…。
僕だって、泰が泰なら良いよ。どんな風になったって支えるよ。
でも、泰には僕の支えなんか必要無いんだよね。
あんな状態でも、あれだけはっきり本條に言えるんだから。
俺なんかが泰を守りたいなんて、烏滸がましかった。
「僕のせいもあるから、お金はいい。こんなんじゃ、お詫びにもならないけど。」
そう言ってヒロトに頭を下げた。
「僕、今日はこれで失礼するよ。
泰には、また改めて謝りにくる。
泰を、よろしく。」
僕はそう言うと、アパートの階段を急いで降りて車に戻った。
そしてさっき来た道を、あのマンションへ戻った。
オートロックのインターホンを鳴らす。
全然出ない。
(まさか、死んでない、よな…。)
アイツも泰に入れ込んでいた。あんな風に我を忘れる程。本当に惚れてたんだと思う。
LIMEを打つ。
既読はあっさりついた。
生きてはいるみたい。
『開けろ。』
打ち込んでからもう一度インターホンを押すと、今度はすんなり解除された。
小走りにエレベーターに向かい、乗り込む。
指定階数に到着すると足早に通路を進んだ。
ドアノブに手を掛けると、鍵はかかっていなかった。
「本條…。」
部屋に上がると本條は、オートロックのモニター前で壁に頭を預けた状態でへたり込んでいた。
こんな本條は初めて見る。
僕は今度はほんの少しだけ罪悪感を感じた。
コイツでも、こんな風になるのか…。
本條は僕の声にぴくり、と反応して、胡乱な目で見上げて来て、少しやばいかなと感じてしまう。
でも僕は、僕なりにケジメをつけなきゃならない。
「さっき、何で僕を庇ったんだ?」
そう問うと本條は、唇に薄く笑みを乗せて言った。
「お前も、馬鹿だな。
黙ってりゃ、俺だけを悪者に出来たのに。」
表情は微笑む形をとっているのに、その目には何の光も無かった。
本條は、僕が思っていた以上に泰に傾倒していたんだと、今知った。
なのに、何でどうでも良いような連中を相手して泰を裏切るような真似をしてたんだろう。
僕にはそれがわからない。
泰は本條にその答えを聞いたのかな。
「……お前だけを悪者にしても、僕の寝覚めが悪くなるだけだ。
あんな…ヒロトみたいな奴、見ちゃったら。
自分が汚い事してるって、突きつけられて自己嫌悪だし。」
ブツブツそう言うと、本條が不思議そうに僕を見上げた。
だから僕は、今だ、と思って本條に頭を下げた。
「さっきは、ありがとう。
あと、悪かった。」
「……は…。」
本條に本気でびっくりされたようで複雑な気分。
「犬、お前…そんなに素直だっけ?ヤス以外には謝りもしないと思ってたよ。」
「……まあ、否定はしない。」
本條は微かに微笑った。妙な含みも、人を惑わす毒気も無い微笑みだった。
だからつられて僕も笑ってしまった。つい。
本條に目を見張られて、ハッとする。
いや、気を許した訳じゃないから。そうじゃないから。
只、何時も傲慢な位自信満々なコイツをこんなに弱らせちゃったのは、僕も少し悪かったかなと思っただけだ。
本当にそれだけだ。
「じ、じゃあ、帰る。
僕はちゃんと謝ったからな!」
お前が、1番悪い事には変わりないけどな!!
そう言って踵を返そうとしたら、後ろ手に手首を掴まれた。
「……時間あるなら、少し…失恋話でも、していかないか。」
「失恋話…?」
「お前もヤスが好きだったんだろ?」
「…僕が失恋するとは、まだわかんないだろ。」
そう言ってやると、
「本気で言ってるのか?
見ただろ、ヒロト。」
と言われてしまい、撃沈する。
そうだよな。
実物見ちゃうと、僕や本條とは全く違うタイプの、でもルックスは抜群だった。
でも見た目より、何かこう、違うなと思わされた。
ヒロトは真っ直ぐなんだな。
決めたら真っ直ぐ小細工無しって感じだ。
それが、良いか悪いかは別にして、問題は泰はそういうヒロトが好きだって事だ。
それで幼馴染みだなんて、もう敵う気がしなかった。
泰を思う気持ちが負けてるとは思わないけど、泰のヒロトを見る目が、違った…。
「な。お互い様。」
「……一緒にするなよ、ケダモノ。」
「それは否定しないけど。」
本條は立ち上がった。
くそ。立たれると少し見下ろされてムカつくな。
本條は窓の外を見た。
外はもうそろそろ夕暮れだ。ガラス張りだからそれは綺麗にパノラマで見えて、傷心の心をひどくセンチメンタルにした。
自然と涙が流れた。
「初恋だったんだ。」
僕は呟いていた。
「初めての友達で、初めて好きになった人なんだ。
だから、守るのに必死になっちゃったのかな。」
この時、泰の事が無くたっていけ好かない本條なんかの前で泣いてしまったのは一生の不覚だ。
「 」
「え?」
本條が小声で何か言ったのが聞き取れなかった。
その夜、結局本條と僕は夜景を眺めながら遅く迄泰の話をして、帰ったのは日付けの変わる前だった。
初めて本條と、憎しみも嫉妬も無く普通に会話をした最初だった。
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