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24 歪から始まったもの
しおりを挟む裕斗が本條の左頬を殴った。
ええぇぇ…さっき風祭が殴ったとこ…流石にそれは…。
風祭は明らかに非力そうではあったけど、その後の裕斗はキツいだろ…。
案の定後ろに尻餅をつく本條。
裕斗、着痩せするけどずっと運動部所属だったから筋力あるんだよ。
そして、自分の時とは明らかにダメージ度合いの違う本條に複雑そうな表情の風祭。
いや、裕斗と比較するのは間違ってるからな。
本條も殴り返すかと思ったが、それはなかった。
ゆっくり立ち上がって、眉を釣り上げ、裕斗を睨みつけている。
それから、風祭をチラリと見て、直ぐに目を逸らした。
「ああ、そうだ。俺が全部悪い。」
「……開き直るのか。」
「いや、普通に反省してるんだ。
俺がくだらない理由をつけて浮気なんかしてなけりゃ、誰に邪魔される事も無く、俺はクリスマスをヤスと過ごせた。ヤスを傷つける事もなく、こんな事もせずに済んだ。」
「……。」
風祭が何かを言いたげに本條を見ているのは何故だろう。
「…全面的に認めるんだな?」
聞いていた裕斗が本條に言うが、本條は笑った。
「そうだな。悪いと思ってるよ。ソコのオトモダチにも、再三怒られたしな。」
風祭を顎で示すようにして本條が言うと、風祭は目に見えて顔色を失くした。
(……カザ?)
本條は俺に対する口止めをする為に風祭を…って話は風祭本人から聞いてる。
でも、何だろう、この妙な雰囲気は。
「カザ…?」
風祭を見ると、真っ青な顔で俺を見て、視線を逸らした。
「……ごめん。違うんだ。
本当は、僕が…本條に泰と別れるように迫ったんだ…。泰を帰らせろって言ったのも…。」
「…どういう事?」
風祭の弁に驚く俺。意味が分からず困惑する裕斗。そして裕斗とはおそらく違う意味で困惑している本條。
「こんな奴が泰をいいようにしてると思ったら腹が立って…。」
それを聞いて全てを察した俺は後悔に目を閉じた。
思い返してみれば全部、風祭からだけ聞いた話だ。
片方の話だけじゃなく本條の話も聞こうと思っていたのに、結局は先入観で見てしまっていた。
風祭の話を鵜呑みにして。
そして殆ど本條の話も聞いてやらずに…。
俺が自分ではなく風祭を信じるんだろうと、何処かで本條は諦めていたのかもしれない。だからといって、風祭のやった事も背負ってやる義理なんか無いのに。
…いや、何を言っても信じてもらえないと思わせたのは、俺か。
「…どういう事だよ?」
困惑顔の裕斗が屈んで俺に聞いてくる。
だよな。裕斗にはあの日の事は未だ何も告げてない。
言ったのは、付き合ったけど、セフレにされてたかもしれないって事、それで別れようと考えてる事。
勘の良い裕斗は、俺がセフレにされたのだと考えるに至った何かがあったという事は勘づいていたみたいだけど、それについても話すのを保留にしてたもんな…。
今の裕斗の中には、別れ話に納得しなかった本條が俺を拉致ってレイプしてたって事実だけがある状態なんだろう。
でも、それについては今話すのもな…。風祭も…今にも倒れそうだし。
「…それは、後で話す。」
俺は裕斗にそう言って、本條に視線を向けて言った。
「…本條、悪かった。
思い込んでいた部分があったのは…認める。俺の責任だ。」
澱んでいた本條の目に僅かに光が戻る。
「ヤス…。」
「でもカザの事は別として、お前が浮気を…していたって話は、事実…だったんだよな?」
そう言うと、本條はぐっと黙った。
「お前は、その事については…否定しなかった。
寧ろ、俺の為だったって…肯定してたもんな。」
「…………。」
「最初に俺を、酔わせたのも…。」
「それは…うん。」
本條は認めた。
まあ、そりゃそうか。
でも最初はともかく、今回どうしてもわからない事がある。
俺はあの店で一度も席を離れなかった。
飲み物からも目を離さなかった。
なのに何故、意識を失う羽目になったんだ?
「今回は…何をしたんだ?」
本條にそう聞くと、やはり後ろめたい事だったのか、それだけで通じたようだ。
「…あの店は知ってる店なんだ。スマホで指示を出した。プリンのカラメルに少量の薬を注入するようにって。」
聞いて、呆れた。
お前って奴は。
何でそこ迄して、こんな俺なんかを。
「お前ッ…!!」
また殴りかかりそうな裕斗の服の裾を引っ張って止める。
俺はやっと少し戻ってきた気力で上半身を起こしてベッドの上に座った。
「…お前、わかってると思うけど…それ、犯罪だからな。
付き合ってるからOKとか、そんな訳ねえからな。」
「……悪かった。」
「お前がどうやって頼んだか知らないけど…他人に犯罪の片棒担がせるような真似するなよ…。
俺の態度が頑なだったのは…申し訳なかったけど…。」
「犬…風祭の言う事を、全部信じてる様子だったから、普通の場所では俺が何を言っても聞いてくれないと思った。」
…まあ、そこについては耳が痛い。けど…。
「……お前の悪いとこは、自分の都合が悪くなると…直ぐに変なモンに頼るとこだな。
逃げ癖のある俺が、人の事は…言えないけど。」
俺がクスッと笑うと、本條は驚いたように俺を見た。
「ヤス……笑った…。」
「これは苦笑だ。」
馬鹿な俺とお前に呆れて、思わず出た苦笑だよ。
なのに本條は俺を見て、目を赤くして片手で顔を覆った。
「…泣かせたかった訳でも、苦しめたかった訳でもないんだ。
俺と居ても、取ってつけたような表情しかさせてやれないのがもどかしかった。」
「……そんなつもりは、なかったんだけどな…。」
いや、少しはあったか。
本條の隣に居続けた日々は、俺にとっては常に分不相応感の伴うものだった。
外見の問題だけではなく、
感覚の違い。価値観の違い。
最初から歪に始まった関係は、日を重ねる毎にズレを生じさせた。
そんな日々の中でも俺は確かに本條に恋をしたけれど、それは愛に育つ前に摘み取られた。
あのイブの夜に。
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