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20 僕は君を知っている 1 (風祭)
しおりを挟むハンドルを握りながら隣の男の顔を横目で見て、内心毒づいた。
(これが泰の…。)
泰を乗せてる何時もの癖で思わず助手席に乗せてしまった事に後悔する。
悔しいけどイケメンだ。
僕だって結構なもんだって自負があるけど…そうか。
泰の好みはこういうタイプなんだな。僕とは方向性の違う美形だ。
すっきりしたツーブロックの黒髪ショートにきりりとした目鼻立ちの、テンプレ美形。パッと見好青年風だけど、中身はどうだか。
そう考えながら、いや あの泰が好きになるような男の性格が悪い訳ないなと思ったりもする。
少なくとも腐り切った僕や下衆な本條よりはマシに違いない、と思って自嘲。
本條との事は、あれは心が体に引き摺られただけに違いない。きっと単なる情だよ。泰は優しいから…。
結局は僕を突き放せないくらい、優しいから。
僕は好きな人に、嘘をついている。
泰との出会いは大学に進学してのオリエンテーションで隣に座っていたのが最初だった。
その時はなんか普通~の、本当に、普通の男子生徒って印象しかなかった。
挨拶されて声を聞いた時は、綺麗な優しい声だなとは思ったけど、まあその程度。
でも学科が同じで講義も被ってた僕達は顔を見る機会も多くて、その度に笑顔で声を掛けてくれる泰は貴重な存在だった。
それくらい誰でもするだろって?いやそれがそうでもない。
何せ僕は、人受けする外見とは裏腹に、何時も不機嫌で物凄く性格が悪いって事で有名になりつつあったからだ。
自分で言うのも何なんだけど、僕は容姿が良い。どちらかと言うと、小さい頃は女の子とよく間違えられたような中性的な顔立ちだ。
だから老若男女の別なく好かれた。
家だって、老舗の有名料亭で、経済的に苦労した事は無い。僕は末っ子三男坊だから可愛がられたし、将来の後継問題にもノータッチだしね。
恵まれてると思う?
そうだな、僕もそう思うよ。
でも、そんなバックボーンとこの容姿を持って生まれた事で、僕は幼い頃から本当に不快で危険な目に遭ってきた。
誘拐目的、変質者、ストーカー、家の恩恵に与りたい者たち。
両親だって何も対策してなかった訳ではなくて、僕に送迎をつけたり警護をつけたりしたんだけど、今度はソイツらが僕に懸想したり、もう散々だった。
中学の頃が一番酷くて、事情を知らない教育実習生に目をつけられて放課後呼び出されそうになったり、家の周りをウロウロされたり。
そういう事する連中って、男女関係無いんだよね。
何かあった場合の実害は、男の方が大きいけど。
そんな訳で僕は、警備付きでも休日に何処かへ遊びに行くなんて事はしなかった。
高校に上がった頃にはもうだいぶ人間不信を拗らせてたし、学校でもあまり喋らなくなっていた。
表情も、極力表さないようにして。だって笑うと好感触とか勘違いされるから。
家族以外の人間と関わる事を拒否して生きて、それでも高校卒業時には身長も伸びて体格もそれなりに良くなって、自衛が出来るようになった。
それでも長年の人間不信は消えなくて、大学生になったからと言って急に何かを変えられる訳でもなかった。
見た目に惹かれたのか、一言も言葉を交わした事の無い相手に告白されたりは増えたけど、あれって何なんだろね?
顔だけ見て、僕のイメージを勝手に作って盛り上がって告って来てるって事だよね。優しい僕を期待されても困るから、その旨伝えて断ったら今度は性格悪いとか噂されてるみたいで笑う。
本当、自分達に都合が良くないとわかると直ぐにそれだもんな。呆れる。
そんな中で、顔を合わせたら笑って挨拶だけしてくれて、後は真面目に講義を聴いて、余計な事は喋らないし聞いても来ない。何なら此方を見もしない。
講義が終わればまた挨拶して、サッと出ていく。
ずっと同じスタンスで、特に好意を示してくる訳でもない。
そんな泰は新鮮だった。
そりゃまあ、同性に興味の無い男だってたくさんいるよ。いるけど、そんな連中だって対面すれば少しは見蕩れたりされるもんだ。
けれど泰は、そんな僕の事も他の有象無象と同じに扱う。
彼には見た目は関係無いんだ…。そんな事に興味無いんだ。
そう思ったら凄く気が楽だった。
それで、僕の方からお昼を誘って一緒に学食に行ったら、泰のリュックの中からまあまあ大っきい包みが出てきて、ラップに包まれた塩にぎりが4つ出てきたんだよね。
で、良ければおひとつ…って勧められた。
あまり知らない人の作ったものを直接受け取ったり口にしないようにしてたんだけど、その時は何故かすんなり口にできた。
そしたら横でぼそりと言われた。
『金欠だから中身無いけど、ごめんな。次は多分、何かは入れてくるから。』
真面目な顔でそう言ってくる泰に、おかしくて米吹きそうになったのを耐えた僕、偉い。
そんな事、開けっぴろげに言う素直なとこと、見栄とかとは無縁な素朴さが僕の心にクリーンヒットしたんだ。
だから僕もお礼に定食の唐揚げを2個お返しにあげた。
因みに塩にぎりは、凄い美味しいとか不味いとかもなくて、本当に普通のおむすびだった。
そんな日々を重ねながら、僕は泰と急速に仲良くなった。
泰の隣は気を張らなくても安心して良いって事がわかってから、とても居心地が良い。
僕の顔にも反応しないし、何かを求めてくる事も無い。今にして思うと、それは当然だったのかもな。
こんなレベルの顔がずっといたって事だもんな。
幼馴染みの、ヒロト。
何度か泰の口から聞いた事のあるその名前。
その名の主が、今僕の隣に座っている。
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