身の程を知るモブの俺は、イケメンの言葉を真に受けない。

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10 九重 裕斗は殺意を抱く。(裕斗)

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幼馴染みの泰の乗った高速バスを見送って、俺は乗り場を後にした。
駅に隣接してるから、そのまま改札を入り電車に乗って、来る時は2人で見た車窓からの景色を今度は1人で見ている。
さっき抱きしめた感触が、未だ腕に残っているようで心が温もる。
殴られた頭はジンジンしてるけど、この痛みもさっき迄 泰がいた証拠だと思うと目尻が脂下がる。



俺は出会って15年、ずっと泰に惚れている。





幼馴染みの田中 泰との出会いは、幼い頃に俺達一家が泰の家の2軒隣に引っ越して来た時だった。

俺は5歳、泰も5歳。

その時は、同じ歳の子供が近所にいるのか、ってだけだった。
でも子供の頃って、馴染み出すと本当に急速に仲良くなる。
俺も、近所だからと一緒に幼稚園に行ったり、遊んだりしてる内にすっかり泰と仲良くなった。
俺は小さい頃はなかなかの内弁慶で、新しい環境にも知らない大人達にも慣れにくかった。
それをフォローして、他の子供達との間を取り持ってくれたり、構ってくれたのは泰だ。
小さい頃の泰は、すごく大人びていて、優しくて、体の成長も早くて、同年代よりやや背が高かった。
顔も普通にスッキリ整ってたから、男女問わず人気もあった。
俺はそんな泰を大好きになって、俺だけのそばにいてほしくて、ずっとじゃれついていた。泰も、それを拒まなかった。

小学校高学年頃には、俺は自分が泰に対して持っている感情が恋だと気づいていた。
夢の中で泰とキスをすると、起きた時には夢精していたし、そばにいるだけでドキドキして幸せな気持ちになったからだ。
泰に対する独占欲の深さは自覚してたから、別に驚かなかった。
あ~、やっぱりな、ってだけ。
なのにその頃くらいから何故か俺には急激に女子が纏わりつき出して、学校にいる間はなかなか泰と一緒にいられないのが不満だった。

中学に上がると俺と泰の成長の度合いは目に見えて変わって、中二の時には泰の背丈を抜かした。
ウチは両親共に身長高めだから単純に遺伝子の関係だろうけど、これで泰を自分の腕の中に囲い込めると嬉しかった。

ところが、だ。

泰は、敏い割りには自分に対して向けられる好意にはものすごく鈍感だった。
確かに泰の見た目は普通と言えば普通だけれど、俺から見れば可愛い(欲目?)しカッコ良いと思うのに、何故あんなに自信が無いのか。
泰本人は、『自信が無いんじゃない、己を知ってるだけだ。』とか言うけど、必要以上に自分を過小評価し過ぎだと思う。
頭だって良いんだし、人受けだって悪くないのに。
その証拠に、泰を好きって奴は何人かいた。
全部摘んだけどな。(笑)

中でも厄介だったのは、俺が高校で付き合う事になったカノジョの里穂。

同じクラスだった里穂は最初、隣のクラスの泰を見て、『田中君ってなんか良いよね…安心感あるってゆーかぁ~。』とかふざけた事を抜かしていたのだ。
里穂はギャルだが、小さい頃から実家がゴタついていたらしい影響からか、高校生の癖にやけに安定志向の女だった。
それならまず、お前のファッションから落ち着かせろって話だけど、押しの強いところがあったので放置してたらマジで泰に凸りそう…。そう考えた俺は、里穂に気のある素振りを見せて、2ヶ月かかって心変わりさせる事に成功した。
今迄の奴に比べると時間もかかったし、フリーにすると泰に行きそうだったので高校卒業迄別れられなかった。大学に上がっても付き合いが続いてたのは単なる惰性だ。

泰も他府県に進学したし、里穂は専門学校に進んだので接触の機会は絶たれた。俺とも殆ど会う事もなくなってたから、その内自然消滅を狙ってた感じで、別れるのは時間の問題だった。

本当は俺も、泰と同じ大学に行きたかったんだけど、それには母さんが反対した。
俺が異常に泰に執着してるのを、母さんは勘づいていたようなのだ。

まあ俺んちであれだけ、付き合ってる筈のカノジョ達以上にベタベタしてたら、嫌でもわかるわな。
だけど、泰は鈍いから俺の気持ちに気づいてなかったし、それに、何処から見てもノンケ…つまり、俺(男)には興味が無いようで、じゃれ合いは何処まで行ってもじゃれ合い以上にはならなかった。
俺はセクシャルな意味で触れているのに、泰は笑って受け流す。
まさに、暖簾に腕押し状態。

俺はじりじりと自分の欲を持て余し、もういっそ襲ってしまいたい気持ちと、嫌われて泰の笑顔を失いたくない気持ちの狭間で葛藤。
それでも実際に泰と会うと、こうして一緒にいられたらそんな事はどうでも良いかと思ったり。

そんな状態に気づいてる母さんは、泰が進学先を他府県にしたと聞いた時、俺が同じ大学を志望するのに強く反対した。
母さんは、泰が俺から距離を取りたがっているのかも知れないと思ったらしい。
『迷惑だと思われてたらどうするの?嫌われても良いの?
一度離れてあげなさい。』
と諭されて、俺は泰と同じ大学を諦める事にした。

でも、心配だった。
泰を1人にする事が。
しっかりしているようで、結構隙だらけのアイツをそばで守ってきたのは俺なのに。
3ヶ月や半年に一度程度の逢瀬では全然足りない。
理由を付けて押しかけたりもした。
やけに仲の良い友達はいるようだったけど、恋愛めいた話は泰の口からは出てこなくて安心していた。

しかも、前回泊まりに行った時にはずっと好きだったのにと告られて、俺は一気に天にものぼる気持ちになって、浮かれた。

それなのに一昨日、実は告った事すら忘れられてて、その上少し目を離してた隙にでっかい虫がついてた事を知った時の、俺のショック…。
お分かりいただけるだろうか。泣きそうになったぜ。
俺の…俺が貰う筈だった、泰のバックバージンが…。(号泣)

しかも短期間の内に、どんだけ泰を傷つけてくれてんだ、っつー野郎みたいなんだが。
いや実際のところは未だ連絡待ちだけど、ソイツとの件が片付かないと俺との関係が進められない。

よりにもよって、何でそんな厄介そうな相手に。
話を聞いた限り、泰は絶対嵌められたんだ。

悔しい。悔しい、殺してやりたい。



俺は顔も知らない本條に殺意を漲らせながら、泰にLIMEのメッセージを打つ。





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