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11 再会

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初めて西谷の家を訪れた日から、俺と西谷は正式に交際をスタートさせた。
とはいえ、彼は受験生。これから追い込みが始まるという時期だ。
しかも西谷の志望校は当然の如く国内最難関、旧帝大。ずっと空手をやってきていても成績は落とした事が無かったという西谷は、引退して勉強時間が確保出来るようになってからというもの、模試の成績を更に伸ばした。全国の受験生‪α‬達も本気になる中でのそれはマジですごい。もしかして俺はとんでもない男を捕まえてしまったのだろうか。いや、捕まった方だけど…。

「仁藤との…いや、余との将来の為に、受験成功は最低限のハードルだ」

「あ、うん。頑張ってな」

生真面目に言う西谷に、激励の言葉を掛ける俺。
俺の激励があるのと無いのとでは、どうやらやる気スイッチの入りが半端ないらしい。そうか。将来か。


夏休みの内に、西谷と犀川さんと一緒にばあやの居る施設を訪問する事ができた。
ばあやは、少し右足を引き摺ってる以外は元気そうだったけど、別れた頃より一回り小さくなった気がした。俺がデカくなったのかと思ったけど手の甲に皺が増えてたから、やっぱりばあやが以前より痩せたんだと思った。

ばあやに、何故突然辞めさせられたのか聞いてみた。ばあやは初め、気が進まなそうに躊躇していたけれど、あんまり俺が頼んだからかやっと話してくれた。
あの小学校の卒業式の日よりずっと前から、俺に必要以上に優しく接するばあやは、両親によく思われていなかったらしい。特に母は、顔を合わせる度に物言いたげに睨みつけてきていたんだとか。
ばあやはそれに何も言わず頭を下げてやり過ごしていたのだが、あの卒業式の日、俺が学校に出かけて行って直ぐに父と母が部屋に来て、俺が帰って来る前に出ていくようにと金の入った封筒を押し付けて来たという。ご苦労さま、退職金だ、と言いながら。
ばあやは困惑しながらも拒否したのだが、雇い主に解雇を言い渡されては家に居る資格が無くなる。
仕方なく荷物を纏め始めたばあやに父が言ったのは、
『今後絶対にアレに会う事は許さない。この近くで見かけたら通報する』という殆ど脅しのような言葉だった。
ウチの父の気性を知っていたばあやは、やりかねないと思ったという。それでも突然1人になる俺が気掛かりで、せめて手紙くらいは残していこうと考えた。
けれど、荷造りするばあやの様子を母がずっと見ていて、それすら出来なかった。ばあやは何一つ俺に伝える事も出来ないまま、仁藤の家を追い出されたのだ。
その後、夫や子供とも既に死に別れていたばあやは弟を頼り、実家である犀川の家に身を寄せた。でもやはり俺の事が気掛かりで、しかし仁藤の家に近づけない。やむなく進学予定だった中学の近くを通ってみたりしたんだそうだ。二度程、遠目に見かけた俺はだいぶ痩せて、何時の間にか派手な見た目になって、同じような仲間数人と歩いていたという。声を掛けたかった、それでもばあやは、父に言われた言葉に逆らえなかった。‪α‬の圧はβや‪Ωには恐ろしく感じるものだ。それに、会った事がどこからともなく伝われば、俺が余計に辛くあたられるのではないかと怖かったんだそうだ。
それから少し経って、ばあやは足を悪くした。遠出も出来なくなって、心の中で俺の無事を祈るばかりの日々だったんだと、俺の両手を自分の両手で握って、ばあやは泣いた。
ごめんなさいね、ごめんなさいね、坊ちゃん。そう言って。
その手は昔と同じように温かい。その温もりを感じながら俺は初めて、神様は居るんだなと思った。



施設からの帰り道、犀川さんは言った。

「シズばあ…本当はね、坊ちゃんに会うのも、少し迷ってたんですよ」

「…そうなんですか?」

「会って、仁藤の旦那様に知れてしまったらって、坊ちゃんの心配をしてね。でも別に坊ちゃんに監視が付いてる訳でもないようだし、仁藤の家から離れたこんな施設の中なんだから、気にする事は無いって言ったら、そうよねって」

何年も経った今でもばあやが気に病む父の呪縛のような言葉。会うのは許さない、なんて。俺がばあやを唯一の拠り所にしているのを知った上での、それ。

俺はそんなにも憎まれてるのか。父は、母は、家族は、何故俺にそんなに…。

好きでこの世に産まれてきたんじゃない。
好きでΩに生まれたんじゃない。
なのに母に疎まれたあの日から、俺はまるで罪人のようだ。
俺は何もしていないのに、俺の家族は俺が笑うのも、幸せになるのも許せないのか。

今迄は無気力だった。何故と考えるのも無駄な気がして、どうにもならない現状に斜に構えて、只々日々を無為に消化しながら生きているだけだった。

でも。

西谷は言ってくれた。俺は悪くないって。俺と番になって、俺と生きたいって。
俺を、あの家から連れ出してくれるって。
だから俺も腹を括る。

今の状況に区切りがついたら、俺は西谷の番になって、今度は俺の方から仁藤の家を捨ててやる。

「…これからは、何度でも会いに来ます、ばあやに」

「そうしてやってください」

俺の言葉に、犀川さんは穏やかな笑みを浮かべた。
西谷も頷いて、良かったな、と言ってくれた。



それから二学期が始まり、季節が移り変わった。
秋になり、冬になり、季節が深まるにつれて俺と西谷の距離も深まった。
それに比例して、俺は仁藤の家を出る準備を人知れず進めていった。
雑多に散らかっていた部屋が少しずつ片付いて行く度、俺は西谷と一緒に住む未来を夢見て胸を躍らせた。この部屋から出て完全に仁藤の家から飛び立つ時。そこからが俺の人生はスタートするんだと。
首輪を握り締め、西谷と結ばれるその日を心待ちにして、自然と顔が綻んだ。

もう少し。もう少しの辛抱だ。


そして、その時は着々と近づいていた。


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