毒親育ちで余り物だった俺が、高校で出会った強面彼氏の唯一になった話 (浮気相手にされて〜スピンオフ)

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「少し痩せたか?」

 待ち合わせの駅ビル前は昼前の喧騒。多くの人々が行き交う中、一際目立つ長身は直ぐにわかった。もう来てるのか、と駆け寄って顔を合わせた途端、挨拶もそこそこにそんな言葉を言われてしまった俺は、少しむっとする。
 確かに西谷の餌付け効果で最後に会った時は体感的に2、3キロ増えていたかとは思うが…。 

「……まあ、多分?」

「どれ」

 言いながら西谷は、俺の体を抱きしめた。ひゃっ、と小さく声が出る。西谷は俺の腰、背中、脇腹、上腕、首、頬と順に確認した後、少し悲しそうな顔をした。

「せっかく育ってきてたのに…」

 …確認作業かよ。そんで、育ててたのかよ…。

 昼日中、周りの通行人がチラチラと俺達を好奇の眼差しで見て通り過ぎていく。

 違います、これはイチャイチャではありませんので。単なる測定ですので。

 やっと解放されて心を落ち着けていたら、西谷が言った。

「食事を抜いていたのか?またゼリーばっかり飲んでたのか」

「だって、アンタが…、」

と言いかけて、言葉を飲み込んだ。俺、今何言おうとしたんだ。西谷の少し咎めるような口調は、俺を心配しての事だ。わかってる。それに、西谷が俺に会いに来るのも飯を食わせてくれるのも、別に義務でもなんでもないのに。

「俺が、何だ?」

 不思議そうにそう返して来た西谷に、首を振った。

「…いや、何でも。…で、何処へ行くんだ?先輩」

 西谷は一瞬、腑に落ちないという表情をしたが、直ぐにそれを引っ込めて、微笑んだ。

「俺の家へ行こう」

「は?」

 家。西谷の家?
 予想外の答えに驚く。てっきり映画とかカフェとか水族館とか…お固そうな西谷の事だから、そういうテンプレな場所に連れてくつもりなのかと思ってた。間違っても俺の仲間達みたいに、とりまフードコートとかゲーセンとかいうタイプじゃないし…。


「何で、家なんすか?」

 訊ねた俺に、西谷はサラッと答えた。

「犀川が張り切って食事を作って待ってるからだ」

「は…あ、犀川さん?」

「犀川だ」

「犀川さん…」

 何時も肉々しい重箱弁当を…いや、何時からかあっさり料理が増えたのは俺の好みを考慮してくれてのであろう犀川さん。その犀川さんが、俺を招く為にわざわざ料理を用意して待っているってか。
 俺が少し黙っていると、西谷は俺が西谷の家に行くのに消極的だと思ったのか、やや不安そうに聞いてきた。

「どうした、ウチは嫌か?」

「いや…突然だったから。びっくりした。
…犀川さんは、何が好きなんだ?」

「え?」

「いや、何時もご馳走になってるから、何かお礼した方が良いんじゃないかなと。甘い物が良いかな。それとも、花とか?
お母さんもご在宅なのか?」

 俺の逆質問に意外そうな顔をする西谷。少し悩みながら、俺は思い巡らせた。
 初めて西谷の家に行くのに手ぶらで行っちゃいけない気がする。何故かそんな気がする。今迄友達や仲間の家に上がり込むのに、いちいちそんなの考えた事なんか無かったけど…何故か西谷の家はそんな気軽に行っちゃいけない気がする…。
 別にまだ単なる友達だし、そんな大袈裟過ぎるだろ、と思い直して、でも昨日西谷で抜いた事を思い出して赤面。もう全っ然、単なる友達じゃないじゃん…。
 めちゃくちゃ意識して彼女ヅラじゃん…。いや、彼氏ヅラ? 
 自分で友達から、なんて言ったのに、ミイラ取りがミイラになってんじゃん…。

「仁藤?」

 1人で考え込んだり赤くなったりしてる挙動不審な俺に、今度こそ首を傾げる西谷。その声にはっと我に返った俺に、西谷は言った。

「別に犀川にそんな事を気にする必要は無い。母もこの間別荘に送って行ったから、夏中はそのままあちらにいる。毎年そうなんだ。母は暑さに弱いから」

「避暑?」

「まあ、それだけじゃない。家にいると……ま、色々あるんだ」

「そっか」

 言葉を濁された。一緒にいるようになってからポツポツ聞いた話からすると、西谷の家も何だか色々複雑な事情があるようだ。口に出すのを躊躇うくらいだから、あまり聞かれたくないんだろうと突っ込んだ事は無いが、父親とはずっと離れて暮らしているらしい。家には母親と数人の使用人らしき人達がいるようだが、…まあ、よくはわからない。

「でも犀川さんにはやっぱり何かしたい。感謝の気持ち?ってーの?」

 俺は多分、顔も知らない犀川さんのイメージとばあやを重ねてるんだろう。ばあやには感謝を言う暇も無く引き離された。ありがとうと言える相手が何時迄も近くにいるとは限らないと、俺は知ってる。だからせめて犀川さんには、日頃のお礼に花の一輪でもと思ったのだ。
俺の食い下がりに西谷は、う~ん…と考え込みながら、

「それなら犀川は花よりは和菓子の方が好きな筈だ」

と言った。和菓子か。
 ますますばあやの笑顔が近付いてきた思いだ。

「和菓子…季節の菓子的なやつがいいかな、それとも…」

「よく茶を飲みながら干菓子を摘んでるのを見る。ほら、あるだろう、こう、小さい菊やら紅葉の形をした…」

「いや、干菓子くらい知ってっから」

「そうか。良かった」

 ばあやも好きだったから。
やっぱり犀川さんはばあやっぽい。

 俺は西谷を連れて駅ビルに隣接するビルの1階にある、京菓子司 百葉、という店に入り、可愛らしい色とりどりの小さな宝箱のような干菓子のセットを購入した。二千円程度のものだけど、彩りのせいかとても見栄えがする。喜んでくれたら良いな。


 そして20分後、西谷家に到着した俺は、衝撃に言葉を失う事になる。




    
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