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4 仲を深めるにはお昼デートから
しおりを挟む俺は西谷を先輩と呼ぶようになった。
DQN不良も顔を見ただけで逃げ出すような西谷と一緒に居る事が多くなった俺にちょっかいをかけてくる奴らは殆どいなくなった。殆ど、というのは、ゼロになった訳ではないからだ。
目に見える形で接触される事は減っても、すれ違いざまにボソッと聞くに耐えないような揶揄をされたりは相変わらず。
そんな事は慣れているから聞き流しているが、それがまた面白くないらしい、内山を始めとするDQN連中。
だけど俺が西谷と度々一緒に居るのを見ている為、手が出せないようだった。
それはそうだろう、と思う。
雑魚βが幾ら群れようと、西谷にはおそらく敵わない。インハイの準々決勝以上なんてどの種目でも化け物級のαばかりだ。 その中で連続でトップを獲るような奴に喧嘩を売るなんて、生存本能が正常に機能してる奴ならしない。蟻がブルドーザーに挑むようなものだ。
という訳で、お友達からと言ったあの日から毎日律儀に昼食の誘いに俺の教室に現れる西谷のお陰で、俺にはここ暫く平穏な日々が訪れていた。
最初は色めきたっていた女生徒達も、最近では見慣れて来たのか、西谷が来ると俺に『彼氏来たよ~。』とナチュラルな感じに伝えて来た。彼氏じゃなく友達だ、と毎回訂正してたけど、皆には照れ隠しだと思われているようだった。
急接近したαとΩの間に何も無い筈が無い、と思われるのは仕方の無い事だけど、何だかモヤった。
αとΩの間にはソレしかないのかよ、なんて。
俺と西谷が昼食に使っていたのは、美術室や音楽室、図書室なんかが入った、西棟の四階の屋上に出るドアの前の踊り場だった。
ドアには安全対策で施錠がされていたが、放課後にはその鍵を開けて屋上で練習する吹奏楽部員達もいる。けれど昼間は誰も近寄らないその場所は静かで、俺と西谷は何時もそこに折り畳みの1畳分程のレジャーシートを敷いて昼を過ごした。
一緒に昼食を取り始めた最初、西谷は俺の持って来た食事を見て驚いていた。
固形の栄養食か、ゼリー飲料、たまに菓子パン。
金だけは渡されているけれど食べる事に興味が無い俺の食事は何時も簡易なもので、それは一般的な高校生男子の一日の摂取カロリーからは程遠いものだった。
わかってはいたけれど、中学に上がる前から食事が美味いと感じる事がなくなっていたから、仕方ない。
それでも最低限のカロリー摂取は心がけて来たつもりだったけれど、俺はずっと痩せ気味だった。中学迄は好きだった菓子も高校に上がってからは段々食べなくなったから、鎖骨の浮き出た痩せぎすで血の気の薄い真っ白い肌になって、それがまた雑魚DQN連中の嗜虐心を刺激していたのかもしれない。
黒髪黒目、青白い白肌のガリガリの貧弱そうな地味男。
幼稚な連中のお遊びのターゲットになる条件を完全に満たしてると我ながら笑える。
中学迄は良かった。同じような仲間が居た。その中には、家族に恵まれなくて、その上Ωなんて最悪の重荷迄背負わされた、自分とよく似た奴もいた。
華奢な体で、鼻っ柱が強くて口が悪くて、でっかい茶色の瞳を持った可愛らしい顔をした友人。
もう家族はばあちゃんだけだから負担をかけたくない、って何時も言ってた。
進学で別れてしまって、たまにあった連絡も最近は途切れがちだ。彼奴は気が荒い所がある奴にありがちな単細胞で抜けた所があるから、妙なαに目を付けられてないか心配だ。元気でやってるだろうか。
「仁藤、ほら」
西谷の低い声にトリップしていた意識が呼び戻された。西谷は俺に紙皿の上に箸を乗せて差し出している。それを受け取りながら、俺と西谷の座っている間のスペースに視線を落とした。そこには二段の重箱料理を横に並べた光景が。
西谷は俺と食事をした翌日から、こうして2人分の重箱弁当を持ってくるようになった。
『仁藤には圧倒的に栄養が足りない』
と言っては、せっせと俺を餌付けている。西谷の母親が作っているのか、と聞いてみたが、どうやらお手伝いさんに頼んでいるらしい。
ふと、小学生の頃に世話をしてくれていた、優しい世話係を思い出した。俺は彼女をばあやと呼んでいた。今、家には家政婦が2人居るが、彼女達は"家族用"らしく、俺の世話をする事は一切禁じられていて言葉すら交わした事が無い。
西谷の家のように頼み事をするなんて、俺には許されていない事だった。
西谷家のお手伝いさん作の弁当は何時も力作だった。只、肉が多い。故に、重箱料理なのに全体的に茶色い。きっと坊っちゃま(厳つめ)のお友達だから似たようなタイプでも想像されているのか、とにかく肉系が多かった。
そして多分、美味い。
俺は差し出された紙皿と箸を受け取ると、いただきますと会釈してから重箱の片方からだし巻きを摘んだ。
「美味い」
「そう言ってると伝えたら、何時も犀川が喜んでいる」
「何時もありがとうって伝えて」
てらってらぎっとぎとの肉料理の傍ら、鶏肉のさっぱり煮や豚肉の野菜3色巻なんかは肉が使われていてもあっさりしていてとても食べ易い。特に好きなのは、何時も入れてくれている、甘くない関西風のだし巻き。こんな優しい味のだし巻きを作るお手伝いさんって、どんな人なんだろうと想像してみる。やっぱりばあやみたいな、ふんわりした優しいおばあちゃん?いや、意外と俺らの母親世代のパワフルな人だったりして。ウチの母親は……入退院を繰り返してて、パワフルとは程遠いけど。
「そう言えば犀川さんってどんな人?」
巻き寿司を咀嚼してから、お茶を飲みながら聞くと、西谷は少し考えてから、
「まあ、普通の人だ」
と答えた。
普通、にも…色々あるよな?と腑に落ちない顔をして西谷を見ていたら、不意に西谷の顔も此方を向いた。
端正に整った、精悍な顔の中の、鋭くも優しい眼差し。それが何時も俺を落ち着かない気にさせてる事に、西谷は気づいているんだろうか。
「……何?」
「…いや…」
いや、と言いながら西谷の左手が俺の方に伸ばされる。突然の事に心臓が跳ねた。俺を映す、黒曜石のような瞳。
そしてその筋張った手は俺の顎に触れ……
「……米粒」
「…言えよ」
俺も西谷もやる事がベタだった。
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