毒親育ちで余り物だった俺が、高校で出会った強面彼氏の唯一になった話 (浮気相手にされて〜スピンオフ)

Q.➽

文字の大きさ
上 下
2 / 16

2 殴った相手に告白される

しおりを挟む

「好きだ」

 そう言われたのは、その男の左頬を殴りつけた直後の事だった。



 県内でもそれなりに偏差値の高い高校に進学した俺は、大人しそうに見えるらしい見た目や、同級生達よりも華奢な体つきで舐められる事が多くなった。
 高校受験モードに入ってから、赤から黒に戻した髪や制服の極端な着崩しをしなくなった事もあるんだろうが、最も要因になったのはやはりΩの宿命、ネックガードだろう。
 中学の時には、意識せず見た目が防波堤になっていた。けれど、それらが全て外れた俺は、元のままの、只の貧弱そうなΩの男に見えたに違いない。
 教室で揶揄われ、廊下で絡まれ、下校時にも囲まれた。と言っても俺で遊ぼうとする連中なんか、βの下らない小物が殆どだったんだが、たまにソイツらと交友のあるようなレベルの低いαが混ざっている事もあったりして、そんな時は少し厄介だった。奴らは自分達を捕食者だと思ってるし、俺達Ωは震えながら喰われるのを待っているか弱い被食動物だと思っているからだ。そしてそれは、αという種の意識の根底に共通して在るものだろうと俺は思ってた。αは絶対的強者で、Ωは弱者。
 教科書に載っているような、愛と信頼で結ばれてパートナーとなるべきだ、なんてのは理想論に過ぎない。本能だ。αがΩを選ぶのは、只の生殖の為の本能だ。若い内は性欲に突き動かされて弄び、大人になれば子供を産ませる道具として支配する為に番という枷を嵌め、縛る。

 で、俺を揶揄おうとするβ連中とつるむようなαは、そんなクソみたいなαばかりだった訳だ。あわよくば、俺で下半身迄発散したいなんて考えてるような、タチの悪い俗なα。

 でも、そんな俺の偏見を覆した唯一のαに、俺はこの後出会う事になる。



 待ち伏せされて路地に引き摺り込まれたのに応戦して、相手の鳩尾に蹴りを入れた。3人迄なら力の差はあっても何とか勝てる。格闘技を齧ったような相手じゃなければ、喧嘩は要領と慣れだ。可能なら逃げに徹する事も多いけど、この日はそうはいかなかった。

 路地裏に引き摺り込まれ、数人がかりで押さえ付けられかけて、蹴りを入れて殴って、通りに飛び出して逃げようとした時に目の前に立ちはだかる奴がいて…てっきり見張りの仲間なのかと思って反射的に殴ってしまった。殴った後で、αだとわかった。

 相手は背が高く、鋭い目をして、高校生にしてはやけに威圧感のある生徒だった。同じ制服だったけど、見た覚えは無かった。

 なのに俺に殴りつけられて、その男は俺の手首を掴み、好きだと言ったのだ。

 俺が男と向き合って呆然としていると、ゾロゾロと路地から出てきたクズ達が、男を見てギョッとしたような表情になった。

『…お前ら、この人に何してた?』

 男の低音での問いかけに、クズ3人はびくりと肩を震わせて、血の気の引いた顔で走り去って行った。
 どうやら仲間では無かったらしい。何故この男を見て逃げたのかはわからないが、助かったと思った。でも…。

(…誰なんだ、此奴は…)

 連中が走り去って行く後ろ姿を見送ってから、俺は改めて自分の手首を掴んだままの男をまじまじと見た。
 顔は整ってるけれど同学年とは思えない厳つさだ。

『ごめん。仲間じゃなかったんだな。悪かった』

 素直に謝罪の言葉が口に出来たのは、手首を掴む男の手には殆ど力が入っておらず、俺の体を慮ってくれているらしい事が伝わってきたからだった。
 こんなにデカくてガタイも良くて、俺なんか力でどうにでも出来そうなのに、男は真っ直ぐに俺に好きだと言った。
 只、俺は男を知らないから、さっきの突然過ぎる告白には応えようがなかった。だから取り敢えず、間違えて殴ってしまった事に対しての謝罪をした。

 男は、うんと頷いて、また俺を見つめた。

『で、返事は?』

『え、いや…だって…アンタ、誰すか?』

俺が聞くと男は、ああ…と初めて思い至ったように答えた。

『西谷 遼一、α、3年だ』

 何となく語尾を敬語にして良かった。男…西谷は上級生だったのだ。そしてやはりα。
 しかしそれらの情報を得たからといって、俺がこの男の事を知らないという事実はそんなに変わらない。
 困ったな、と思った。
 見掛けの割りには力に物言わせるタイプでは無さそうだけど、普通に断って大丈夫だろうか。
 でも、断らなきゃ始まらない。

『仁藤 余です。2年…』

『仁藤、余…』

『…やっぱり会った事、無いですよね?』

 男の反応を見て、俺はやはり初対面だと確信した。
 Ωと言っても、俺は普通にしていれば外見的には地味な方だし、高校に入学してからは中学時代のような目立った事はしていない筈だ。暇な連中にちょっかいは掛けられるが、それに対しても防御一方の方が多いし大抵は逃げる。たまに殴り合って撃退する事はあるけど、俺みたいな貧弱そうなΩにやられたなんて言えないらしくて噂になってる様子も無い。
 学年の違う奴に知られてる理由がわからなかった。

『一目惚れだ』

『一目惚れ?』

『あの時見たのと同じ、力の乗った良いパンチだった。人の殴り方を知ってるな。綺麗な顔に似合わず』

 西谷はそう言って、少し微笑んだ。笑うと冷たそうな目元が緩んで、印象が変わる。強面だと思ったその顔が年相応に見えて、少し見蕩れた。  
 それにしてもあの時って、どの時だろうか。
 人を殴って褒められたのなんか初めてだ。でも、何だか嬉しかった。俺は褒められる事に慣れていなかったから。

『…変な人ですね』

『そうか?』

『変ですけど…、』


 悪くはないと、思った。


 その日から、何となく。

 俺と西谷は、よく会うようになった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~

華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭

白い部屋で愛を囁いて

氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。 シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。 ※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。

処理中です...