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4 弥音4
しおりを挟む木々芽吹く雪解けの季節が来た。
雪に閉ざされていた世界が息を吹き返し、生きる喜びを謳歌しはじめる。野には花が咲き、冬眠から覚めた動物達も巣から顔を出す。
去年までは、全てが希望に満ち溢れて見えていた季節。
そんな季節に、弥音の家族達の弔いが村人達の手によって行われた。
村のはずれにある野っ原に、弥音の家族6人分の棺桶を載せた荷車が数台、男達に引かれていく。そのすぐ後ろをとぼとぼと歩く喪主の弥音のか細い姿。すっかり様子の変わってしまった弥音に、参列している村の皆は慰めの言葉をかけるのすら躊躇っているようだった。愛らしかった顔の面窶れに加え、右半分に残る病の痕跡。哀れには思うが、間近に見るのが恐ろしいのだろう。
それでも数人の村人達が墓穴を掘って弥音の家族の埋葬が始まると、少しずつ順に悔やみの言葉を口にして来て、弥音もそれに淡々と礼を言った。その様子が、ひと冬の間にまるで何十も歳を重ねたような落ち着きぶりで、涙を誘われる者も少なくなかった。
「弥音」
低いが涼し気な声に名を呼ばれて、弥音はふっと顔をあげた。痛ましげな表情で目の前に立っていたのは名主の一人息子の良寿郎(いじゅろう)だった。
こんな田舎にそぐわぬようなすっきりとした秀麗な顔立ちで、村の娘達の憧れの的でもある彼は、弥音の兄の和一(かずひと)と同じ歳の幼馴染みでもあった。弥音の事も、幼い頃から弟のように可愛がってくれている。
しかし良寿郎は確か、去年の春から勉学を修める為に山向こうの街へ行っていた筈だ。病の流行で秋からの里帰りも見送っていたらしいのに、いつ戻ってきたのだろう。
「まさか、あの和まで逝くとは…」
絞り出すようにそう言って唇を噛み締めたあと、弥音の肩に手を置いた。
「これからは俺を本当の兄と思って頼ってくれ。困った事があればいつでも訪ねるんだよ」
「…ありがとうございます、あにさま」
弥音は俯きながら礼を言った。久しぶりに良寿郎と話して気が抜けてしまい、目頭が熱くなった。鼻の奥がツンとして、とうに枯れたと思っていた涙が溢れてくる。良寿郎はそんな弥音を抱きしめて背をさすった。
「全く訪ねていけなくて済まなかった」
「仕方ない、あにさまは遠くにいたんだもの」
良寿郎の胸の中、しゃくり上げながらそう言うと、良寿郎は弥音を抱きしめる腕に力を込めて、無念そうに目を閉じた。
その日の晩、弥音は家の梁に縄を掛けて首を吊ろうとしたところを、様子を見に訪ねて来た良寿郎に見つかった。
「なんと言う事を。せっかく助かった命を、何故粗末に」
足踏み台から自分を抱き降ろし、血相を変えて怒鳴った良寿郎に、弥音は暫く押し黙ったあと、呟いた。
「だって。決めてたもの。
弔いが済んだら皆の後を追うと。あれから今日までおれが生きてたのは、その為だけだ」
表情も無くそう言う弥音に、良寿郎の背に寒気が走った。
良寿郎も、幼い頃から馴染んだ大事な友を失った。親戚の叔母も亡くなり、遠縁の家では3歳の子供も亡くなったと聞いたが、家族は幸い重症化もせず健在だ。だから、一気に家族を全て失った弥音の想像を絶するような苦しみは想像でしかわからない。自分よりも歳下の少年が、家族を弔ったあとの自死を決めながら1人きりで冬を越した日々を思うと、心臓が締め付けられそうに痛んだ。家族ばかりではなく、以前の容姿も奪われている。そんな弥音を優しく気遣う人々ばかりではないだろう。忌避する者も、心無い言葉を投げつけてくる者もいるかもしれない。けれど…だから死なせてやる方が親切だなんて、そんな事は…。
良寿郎は己の無力さに歯噛みする思いだった。けれど、やはり…。
「…いけない。弥音、自分で自分の命を絶つなど。お前をみすみす逝かせる事は、俺にはできん」
「あにさま…どうしても駄目か?」
頷く良寿郎に、弥音は諦めたように息を吐く。
「…わかった。なら、もうしばし、あにさまの言う通り生きてみよう」
「弥音…」
もうしばし。今はそれだけで良い。多くは求めまい。この子はあまりにも失い、変わってしまった。それでも良寿郎には親友の弟で、彼と共に見守ってきた可愛い弟分だ。
そばにいて、支えてやらねば。
不憫な弥音が生きる希望を見つけられるその日まで、自分が見守ってやらねば…。
良寿郎は弥音を抱きしめながら涙を流した。
世に春が来たとて、凍り付いたこの子の心の中は、家族を亡くしたあの冬の日のままなのだと、そう思って。
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