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2 弥音2
しおりを挟む弥音の家の惨状が皆に知れたのは、それから更に3日も経ってからだった。
いくら病が猛威を奮っているからとはいえ、その重症化率は低い。だから比較的動ける年齢層の者達は家族の為にあれこれと必要な物を用立てる為に村の中を行き来していたり、情報交換したりとある程度の行動をしていた。なのに弥音の一家からは誰一人も顔を見せない。
けれど、家族が伏せっていて世話をしていたり、必要な物が自給自足出来ている家の場合は時折しか顔を見せない者もあったから、弥音の家もそうなのだろうと見過ごされた。
皆、自分の家族を守るのに必死な時だったから、仕方ないといえば仕方ない事だった。
けれど、弥音の父である彦二と子供の頃から親しくしていた清太はどうにも胸騒ぎがしていた。それで、雪のやんだ合い間をみて弥音の家を訪れたのだ。
すると、弥音が一人でいやにゆっくりとした動作で、家の中から筵に包まれた何かを引きずり出している最中だった。この寒いのに薄着で、着物から出ている手足は前に見た時よりもずっと痩せ細っていた。
弥音の姿を見てホッとしたのも束の間、どうにも只事では無い様子に足早に近寄って声をかけると、弥音はやはりゆっくり振り向いた。
途端、清太は小さく息を飲んだ。
小さく可愛らしかった弥音の顔は、右半分が惨たらしく赤くただれていた。
この流行り病は重症化しにくい。けれど重症化しての致死率は高く、その場合回復しても体の何処かにはそんな醜い痕が現れる。
まるで助かった事と引き換えのようなそれ。
けれど大概は首から下に残るので、服で覆ってしまえる場合が多かった。
なのに弥音には、よりによって顔に出てしまったらしい。人より優れた容貌だっただけに、余計に哀れだと清太は思った。
「何をしていた?彦二は?和は?亜沙さんは?」
既に嫌な予感を胸に抱きながら、清太は弥音に優しく問いかけた。
弥音はぼんやりと、今しがた引きずっていた何かを指差した。
「……まさか」
筵を捲ると、そこには息絶えて数日が経過しているとわかる、皮膚の色の変わった弥音の母、亜沙がいた。
「…他のみんなは?」
息を詰めながら問うと、弥音は今度は雪の積もった畑の傍を指した。
そこには、着物や布団に包まれた何かが四つ並んでいる。遺体なのだとわかった。
家の中に入ると、敷かれた布団の上に弥音の父である彦二が横たわっていた。やはり亡くなって数日経過しているらしい。
どうやら弥音は、一番大きく重い彦二は最後にして、他の家族を外に並べていたらしい。
「雪に埋めていれば、春まで保つと思って」
消え入りそうな声で弥音はそう呟いた。
はからずも生還してしまった弥音は、生きなければならない。その為には家の中で薪をくべ火を焚かねばならない。その為、室温の上がる家の中で遺体の保管は無理だと思ったのだ。
弥音は自分の体力の回復を待って、春になったら一人で家族全員を葬ってやるつもりだったというのだ。
闘病中にも熱が引いてからも、清太が訪れてくるまで誰も助けに来てはもらえなかった弥音は、もう誰にも頼れないのだと思ったらしかった。
何故もう何日か早く来なかったのかと、清太は後悔した。まだ十五歳の少年が、壮絶な苦しみの末に家族の中ひとり生き残り、苦痛と飢えと乾きと孤独の中、どんな気持ちで過ごしていたのかと思うと…胸が抉られるようだった。
「彦二…すまねえ。すまねえ。弥音の事は引き受けた」
清太は彦二の遺体に手を合わせながら謝った。
ぼんやりと目の焦点の合わない弥音を抱きしめて、そのあまりの変わりように胸が詰まった。
愛らしい顔に朗らかな笑顔をのせて、鈴を振るような声で笑っていた少年の姿は、もうどこにもない。
「後は皆でちゃんとしてやるから」
清太の言葉が聞こえているのかどうなのか、弥音はぼんやりと父親の布団を眺めている。
「今はまだ村も病の者が多くてあれこれとは出来ねえが、近い内にきちんと墓を作ってやるから心配すんな」
そう言うと、弥音はやっとこくんと小さく頷いた。
清太はそれを見て目頭が熱くなった。
その後、家族を全て失った少年を一人で置いておくのは不憫に思い、清太は弥音を自分の家に行こうと話した。が、それには弥音は頑として頷かなかった。
「俺はここにいます。みんなを置いては行けねえもの。
俺の家はここだもの」
その言葉に清太の涙腺はとうとう決壊してしまった。
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