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37 皇城だより できる事、いっぱい
しおりを挟むまた数日、特に何も無く平穏な日々が過ぎた。
何日か前に右の上腕部に痛みも無く何かを注射されたら、それ以来空間や壁に様々なものを可視化出来るようになった。スマホやPCの画面がそのまま望んだ空間に反映されるという感じ。俺的には空間よりは壁の方がスクリーンが安定する気がして、もっぱら壁派だ。
超近未来的なこういうの、ドラマとか何かで見た事あるなと少し感動した。この世界では皆が同じように使える機能らしい。生活に関するあらゆる事がこれで賄われてるとか。
最初はニュースとか映画とかドラマを観てたんだけど、元々そういう方面に興味が無いから直ぐ飽きてゲームを始めた。実はゲームもそんなにする方じゃなかったから、それもつまらなくなって、今は専らジグソーとか釣りゲームみたいな、元の世界ですらやらなかったようなオーソドックスなやつをやってる。だってさ、最初普通のゲームやってみたら、本当にその場に居るみたいな臨場感がリアル過ぎて、これで銃を使ったらマジの殺し合いじゃんって怖くなって。俺には向かないみたい。という訳で、平和に水面に糸を垂らす道を選んだ。フィクションですら好戦的になれない俺みたいな鈍臭い奴は、のんびり太公望でも目指す事にするわ...。
此処に来てから毎日顔を見せてた宇城も一昨日から姿を見せないし、ちょっと寂しい。...忙しくなるって言ってたから仕方ないよな、と思いながら窓の外を見る。
「そろそろお昼でございますね。」
俺の視線につられたように外を見た隠月がぽつりと呟いたんで、俺も
「...だな~。」
とだけ答える。今日の昼食何だろな。皇城、食事は色々贅を凝らしてくれるし全般的に美味いんだけど、物によっては食感とかが微妙な事がある。上手く表現出来ないんだけど、...よく出来たフェイクって感じの?いや、単に俺が知ってる物と種類が違うだけの花なのかもしれないけど。
中華饅頭みたいなものも、俺が知ってる食感とは違うし、他も...。前の世界と比べて優れた点が多く見えて、格段に質の落ちる物もあるのかもしれないな。
高い建築物が無く、視界を遮る物が無いので遠くの山々や空が綺麗だ。これで海でも見えたら最高なんだけどな、と考えた時、待てよと思った。
この国ではこんだけ高い建物は皇城しか無いんだろ?俺がなら、この部屋の窓以外からなら見えるんじゃね?海。
だって、俺が勤めてた高台の高校の校舎からは、高層の建物の隙間をぬって遠くに海が煌めいていたんだ。
こっからだって見えない事は無いと思うんだけど...方角の問題だろうか?
「...海、見えないなあ。」
つい口から洩れた言葉に、隠月が反応した。
「海?海をご所望なのですか。」
「え?ああ...うん、見えたら嬉しいかなって。」
「お申し付け下されば、何時なりとも。」
「えっ?」
隠月がスイッと左手で軽く避けるような仕草をすると、窓の外の景色が横にギュンッとスクロールした。
(......は?)
今迄見えていた景色は一瞬で違うものになっていた。
遮られるものの無い、真昼間のコバルト色の海がきらきらと、水平線の彼方迄見える。目が吸い寄せられる程に美しい、何層もにグラデーションしたブルーだ。
...いや、どういう事?
目を見開いた表情のまま隠月に顔を向けると、隠月に苦笑される。
「別に特別な事をした訳ではございません。
別角度からのリアルタイムの映像をこの窓に投影しているだけでございます。」
「別角度?」
「まあ、他のお部屋の窓からの...此方のお部屋と逆の側にあるお部屋から現在見えている筈の景色、という事でございます。」
「他の部屋...。」
そうか。そりゃこれだけ高層で、多分外から見れば桁外れに巨大な建築物である筈の皇城。内部には俺の部屋以外にもどれだけの部屋数がある事か。
こっちに来てからの俺の世界がこの部屋の中だけだったから、すっかり失念していた。
だから、こう聞いてみたのは、単なる好奇心だった。
「...あのさ。参考迄に聞きたいんだけど、実際にこの景色が見えてる部屋の人って...どんな人?」
すると俺の問いに隠月は、頭を下げながら答えた。
「これは第三皇子殿下のお部屋の窓のものでございます。」
「宇城の部屋からの...。」
あいつ、何時もこの海を見てるのか。こんな景色を見ながら、育ってきたのか。
「此方のお部屋の、反対側にございます。とはいえ、このフロアは第三皇子殿下の専用フロアですので、こちらのお部屋も皇子殿下のお部屋の一部なのですが、以前いらっしゃった桐原様をお迎えする為にわざわざ仕切りをされたのです。」
「し、仕切り...?」
この壁とかって単なる仕切りに過ぎなかったの?
衝撃の事実を知らされて絶句する俺。
...あ、そう...。専用フロア...。そうだな、セレブならそういう事もそりゃあるよな。
...城が自分ちで、ワンフロア自室か...。
本来の俺の価値観からは、絶対的に相容れない人種だ。普通に暮らしてたら、出会う機会すら無かっただろうな。
つくづく不思議な巡りあわせだなぁ、と海を眺めながら感慨に耽ってたら、隠月が後ろに下がって呟いた。
「おいでに。」
「えっ?」
「七晴さん!!」
俺が隠月に聞き返すのと同時に自動ドアから息を切らしながら入って来たのは、満面の笑顔の宇城だった。
...何処にセンサーついてんの?
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