36 / 38
36 疲労回復には生姜焼きらしい(逃桐)
しおりを挟む何とか勤務が終了し、疲れ切った俺はデスクの上をノロノロと片付けて席を立った。やる事やれたのかよくわからんが、とにかく今日はもう無理。覚えは悪く無い筈だけど、細かい色々があり過ぎていっぺんに把握は難しい。
「お疲れ様でした…。」
と帰ろうとしたら、向かいのデスクの中年の男性教員に、打刻しました?と聞かれ、朝の出勤時の事を思い出した。そっか、同じカードで退勤タッチしなきゃなんないのか。どれだっけ。
朝もどれがそうなのか、他の先生に探して貰った。
どうやら交通機関で使うICカードがそれに該当するらしく、確か緑っぽいやつだったと思い出す。
無事に退勤を打刻して、今度こそ職員室を出た。
夕暮れの景色の中、校門を出て暫く歩くと、
「先生。」
と、何処からか声がした。
周囲を見回すと、道沿いの民家の塀の向こうから制服姿の男子生徒が小さく手を振っている。
「宇城。」
宇城が、ニコニコしながらそこに居た。
「そろそろだと思って。先に近くのスーパーで買い物しといたんで、一緒に帰りましょう。
未だ通勤路、ちゃんと入ってないでしょ。」
「う、宇城~~!!」
お前って奴は!お前って奴は!と、俺は感激。
世界がちょい違うだけで何故こんなに良い奴なんだ宇城。
俺は不覚にも目が潤むのを感じた。飯も美味いし優しいし気が利くし、コイツ、もしかして最高の男なのでは?
俺が帰り道で迷わないかと心配して、買い物しつつ待っててくれたって事だよな。どうしよう。元の世界でもこんなに心配された事なんか無いんだが。
「疲れたでしょう。
今日は豚肉安かったんで、疲労回復に生姜焼きでも作りましょうか。」
生姜焼き。どんなものかはわからないけど、宇城が作るなら美味いんだろうから俺は全幅の信頼をもって大きく頷いた。
そして頷いた後、大事な事を思いだした。
「あ、そうだ。その前に金下ろせるか試さないと…。」
財布の中の現金では心許無いし、どうにしろ下ろせないではこの先困る。
究極困れば暗証番号を忘れたって事で窓口に行くなりって手もあるんだろうが、本人確認やらで面倒な上に日数も掛かるというから出来ればそれはしたくない。
「そうでしたね。
帰り道にATMは何ヶ所かありますから、どれかに寄りましょう。
どこの銀行のカードでしたっけ?」
そんな話をしながら歩き、駅に着いて電車に乗り、自宅の最寄り駅で降りた。最初にこっちの世界に来た時に彷徨いてコンビニに入ったあの駅前だ。持ってたキャッシュカード二枚の内、一枚をコンビニのATMで試してみる事にした。
旧式で動きの遅い機械のガイダンスに従って入力していく。
カードを挿入口に入れて、残高照会、暗証番号…。
「0、5、1、1…。」
俺と、少し離れて宇城が凝視する中、画面は数十万円の金額を提示した。引き出しの中にあった通帳に記載された金額と、そう変わらない額だ。
「いけた…。」
俺は宇城と顔を見合わせた。信じられないが、マジでラクのバースデーでクリアだ。
「おめでとうございます。当座の生活費に困る事は無さそうですね。」
「そうだな。よかった…。」
俺はもう一度操作して、数万円を引き出した。
宇城に食費を渡しておきたかったし、何があるかもわからないからだ。
もう一枚のカードも同じ暗証番号で残高が確認出来た。そこには最初のカードより結構多い金額が預け入れされていた。このカードの通帳を見つけて確認した時にも入金以外の取り引きの形跡は無かった所を見ると、やはりこっちは貯蓄用なのかもしれない。俺は元々こっちの世界に居た“俺”の堅実さに感謝しつつ、ありがたく金を使わせてもらう事にした。さす俺。しかしどっちも同じ暗証番号って不用心なのでは?
チューハイと宇城の茶とツマミとアイスを買ってコンビニを出て帰路につく。
「やっぱあの夢、あっちとリンクしてたと思うわ。」
「やはりそうなんでしょうか。偶然って事は?」
「…まあ、ラクの誕生日だから、俺も使った事はあるし、偶然…の可能性も無くはない、か?」
それでも様々なものの暗証番号に使う数字の組み合わせなんて、ラクの誕生日の他にだって幾つかはある。
現に暗証番号を考えていた時には思い出さなかったのだから、やはりあれはリンクしていたのだろうと俺は思った。
アパートに帰り着き、一緒に部屋に帰宅。
宇城は早速キッチンに立って手を洗い、買ってきた食材を冷蔵庫に入れていく。
何か宇城がずっとウチに来過ぎてて、部屋に馴染み過ぎている感があるな…。
俺はリュックを置いてから洗面所に手を洗いに行き、戻ってから部屋着に着替えた。
宇城は早くも米を研ぎ終え炊飯器をセットしていて、これから調理に取り掛かるといったところ。
邪魔しちゃ悪いので、俺は俺で今日覚えた事を脳内で復習しつつ、リュックから取り出したタブレットに充電ケーブルを差し込む。
そうしながら、近々スマホとやらも何とか入手しなければと考えた。
今日一日だけでも、やはり必要不可欠なものらしいとわかったからだ。
テレビをつけて、少し考え事をしている内にテーブルには出来上がった料理が運ばれて来た。焼けた肉からは何とも言えない良い匂いがして、思わず腹が鳴る。
ほかほかの飯と、それに合いそうな濃いビジュアルと食欲中枢を刺激する匂い。
「美味そう。」
「美味いですよ。」
テーブルに自然に並ぶ、温かな二人分の食事。
何となくこの先も、こんな風に宇城と食卓を囲めたらと思ってしまった。
2
お気に入りに追加
620
あなたにおすすめの小説

信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……
鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。
そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。
これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。
「俺はずっと、ミルのことが好きだった」
そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。
お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ!
※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。


前世である母国の召喚に巻き込まれた俺
るい
BL
国の為に戦い、親友と言える者の前で死んだ前世の記憶があった俺は今世で今日も可愛い女の子を口説いていた。しかし何故か気が付けば、前世の母国にその女の子と召喚される。久しぶりの母国に驚くもどうやら俺はお呼びでない者のようで扱いに困った国の者は騎士の方へ面倒を投げた。俺は思った。そう、前世の職場に俺は舞い戻っている。

顔だけが取り柄の俺、それさえもひたすら隠し通してみせる!!
彩ノ華
BL
顔だけが取り柄の俺だけど…
…平凡に暮らしたいので隠し通してみせる!!
登場人物×恋には無自覚な主人公
※溺愛
❀気ままに投稿
❀ゆるゆる更新
❀文字数が多い時もあれば少ない時もある、それが人生や。知らんけど。



言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる