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33 皇城だより。…夜這いじゃなかった…。

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「そうそう、お伝えする事があったんでした。」

急にパッと表情を変えて宇城が笑う。

「伝える事?」

「叔母がやっと諦めてくれましてね。」

「え…。」

やはり俺の最後の砦は機能しなかったのか…。
宇城の現・婚約者である従姉妹の霞姫…。宇城の話によると、霞なんて儚げな感じの娘さんではないって話だけど。今にも想い人の男性抱えて海外に高飛びしそうなタイプって聞いたぞ。
でも相手の男性が凄く優等生タイプなもんだから、それはできないって話。
何となく両想いっぽいけど、霞姫に宇城という婚約者がいる事がネックになってて、関係を進展させる事が出来ないと。
そりゃそうだな。
だが今回、やっと母親である公爵夫人が折れた事で、婚約が解消される事になったらしい。
自分が折れなければ、宇城からの一方的な破棄という形を考えていたというから、娘の経歴に必要以上に傷がつくのを避ける為に宇城の説得に応じたってとこだろうか。
て事は…。

「結局俺、嫁になるのか…。」

と、呟いてしまった。

「…今更嫌だと?」

「え、いや、もうそれは良いんだけど、俺の世界の日本じゃ、あまりなかったから。自分の身に起きるんだなって、ピンとこないだけ。」

これは本当だ。
もう自分の境遇については諦めている。元の世界と同じで、宇城が優しいから諦めがついたってのもあるが。だからそんなに不穏な声を出さないでくれ…。

そんな気持ちで宇城を見ると、

「まあ、確かに。世界が変われば常識も変わるんでしょうね。戸惑いも大きい事でしょう。」

と、宇城は頷いた。
ホッと胸を撫で下ろす俺。

…あれ?

俺、今何に安心したんだろ…?


「取り敢えず、早急に婚約解消の手続きは済ませてしまう予定です。
あと…。」

「あと?」

「今夜、此方に来ても?」

「え?別に来たら良いじゃ…ない、か…。」

答えながら、はたと気づいた。何時もの調子で答えちゃったけど、これってまさか、安易に答えちゃいけないやつ…?
だって、こっちに来てからこんなに改まって部屋に来る予定を聞かれた事、無くないか?
 
思わず口を閉ざしてそろりと宇城を見ると、既にずっとこっちを見ていたらしい宇城は、優しいけれど少し緊張したような表情をしていた。

……まさか、そういう事、なのか?
 
俺は顔に熱が集まるのを感じた。  

「それは、了承だと受け取っても?」

「…うん。」

考え過ぎだ。きっと何か話があるんだな。夜にしかできないような。  
…夜にしかできない話って、何だよ。ボディランゲージか。

「今日はこれから少し出かけなければならないので、何か土産でも買ってきますね。」  

自分の考えのドツボに嵌ってろくに言葉を発せなくなった俺の頭に唇を落として、宇城は部屋を出ていった。その唇の端が上がっていたのを俺は見逃してはいない。
あいつ、俺が妄想したのをわかってるんだ。 

「…俺、とうとう処女奪われるのか…?」

頭を抱えて呟く俺を、隠月が何と言えない表情で見ていた。やめて、その憐れむような眼差し。

俺は真っ赤になっているであろう顔を隠しながら、入れ直してもらった茶を飲んだ。
つーか宇城、こんな雨の中出かけるのか。
車だろうけど、大変そうだ。

相変わらず窓の外の世界は灰色だった。



 



「先生、すきです…。」

そしてその夜、想定より少し遅くに部屋に来た宇城は、そう言ってベッドに寝そべった俺の足の甲に唇を押し当てていた。


こっちの文化に慣れるためと情報収集の為に取り寄せてもらった雑誌を捲りながらウトウトしてたら、いつのまにか入って来てた。
部屋の扉が自動ドアみたいで、更に無音だから気づけな~い。頼むから何か言いながら入って来てくれ…。

寝入ってしまいそうな状況だったのにビックリして覚醒しちゃったじゃん。


「先生…七晴しゃん。」


(しゃん?)
急に名前を呼ばれて心臓が跳ねる。
どうしたんだ、こいつ…。

「宇城、どしたの?何か…何時もと違うぞ?」

俺はなるべく刺激しないように曖昧な笑みを浮かべて、宇城の手の中から右足をそーっと引き抜こうとした。

「ダメ。」

「俺のなんだけど。」

「ダメです。貴方は全部、俺のでしゅ…す。」

「(でしゅす?)う、宇城~?」

何だろう、このイヤイヤ期。マジで様子おかしくないか。

「…宇城?お前、何か…呂律回ってなくない?酒飲んだんじゃないだろうな?」

いやいやいや、まさかな。こっちの世界だって成人は18歳らしいし、こっちの18歳成人が飲酒可なのかは知らないけど、未だ17歳の筈の宇城はどっちにしたって駄目だろ。先生、許さないぞ。
しかし宇城はご機嫌で喋る。

「酒は飲めないので飲んでましぇん。でもぉ、会食のデザートの菓子に~…。」

「…菓子?」

「ちょーっぴり、みんとがぁ~…はっぱ?のっててぇ~…。」

「みんと…ミント?!お前まさかミントで酔ってんの?つかハーブじゃん!!」

いや、聞いた事ない。聞いた事ないよミント酔いとか。モヒートとかならわかるけど。でも葉っぱって事は、アレだろ?ケーキの上とかにチョロっとアクセント的に載っけてるやつだよな?

「らって…そういう家系れぇ~…。」

そう言って宇城は、足の方から俺の顔の方までよいしょ、という感じで上がってきた。さ、爽やかな香り~…。
 
皇室はミントで酔う家系なの?日本のトップがハーブで酔うの?

困惑する俺を他所に、宇城は頗る機嫌が良さそうだった。

「ふふっ。」

「なに…。」

「七晴さん、可愛い顔~。」

「…あー、お前も、可愛いね~。」

あまりに間近に宇城の顔が来て、妙に恥ずかしくなった俺は、照れ隠しのように宇城の背中に手を回してよしよしとしてやった。

ちゅっ。

宇城は油断しきった俺に、可愛いリップ音をさせてキスをして、それからとさっと俺に全体重を掛けて寝落ちた。
気が抜けてドッと疲れる俺。重い。
ふわっと、何時もの宇城の付けてるお香に混ざって、微かな体臭。
最近嗅ぎなれてしまって、条件反射で安心するようになってしまった。


「…素面で来いよなぁ…。」

意図せず意識の無い宇城を抱き抱える形になってしまって、俺は少し溜息を吐いた。


…別に、ガッカリした訳じゃない。














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