32 / 38
32 皇城だより。本日は雨。
しおりを挟むワイドビューな窓の外は今日は雨のようである。
気が滅入るな~。
俺が朝食の後、窓辺の椅子に座ってボーッとしていると、横で茶を入れてくれていた隠月がワゴンに茶器を置いてスッと後ろに引いた。
「?」
「おいでに。」
「え、」
数秒後、無音でドアが開き、宇城が現れた。今日は光沢を抑えた白い生地に、青や銀糸で刺繍の入った服。何時も体の線が出ないダボッとした上位丈の長い、中国や韓国映画みたいな東洋的な服装なのに、今日はスタンドカラーの上下スーツ。に、似合うな。香港マフィアみたい。
一見地味に見えて、かなり金も手もかかったお召し物なんでしょうね、と俺は歩み寄ってくる宇城を眺めた。
「おはようございます、先生。生憎の雨ですね。」
「そだな。見渡す限り灰色だな。」
土砂降りって訳じゃないから、実際には街の様子は見えるけどな。
「こっちの世界にも、ショッピングモールとかある?」
「当たり前じゃないですか。おそらく、先生が居た世界にあるものはこちらにもありますよ。見た目や形が変わっていたりはあるでしょうが…。」
宇城はそう言って、空模様を見上げながら隠月が引いた椅子に座った。
俺と宇城は並んで、雨に打たれる世界を見ていた。
この世界に来て早一週間。
俺は既にこの部屋の中だけの生活に飽きていた。
今の所、特に不満は無い。
帰れない事も理解した。
宇城は色々気を使ってくれるし、隠月も俺が不自由無く暮らせるようにサポートしてくれている。
正直、生活面だけで言えば、元の世界で一人暮らししていた時より快適だ。
俺は仕事に疲れていたし、日々疲れ過ぎて食事を作るのも、それを食べる時間も惜しかった。食べる事が面倒になっていたのかも。かといって最低限食べなきゃ不味い事になるのもわかってたし、そうなると自己管理が問われる。
だから何時も、手軽に片手で食べられるように、小さめに握ったおにぎりを2つ、弁当に持っていっていた。そうしたら、それを見たあっちの宇城が、すんごい悲しい顔をして俺を見た事を思い出した。すごく心配されたんだろうなあ、あの時。
宇城、元気かなあ…。
帰れない事もわかってるし、こっちにだって宇城はいる。最初、話を聞かされた時にはヤバい奴かと思ったし俺も乱暴されるのかと思ったけど、その気配は全く無いんだよな。
宇城に聞いたら、俺が素直で大人しいからだって言われたけど、元居た俺はどんだけ聞かん気で気が強かったんだよって驚く。世界線が変わると同じ人間でも環境が違うから別人のように性格が変わるのかもな。
コポコポと湯が沸く音がして、宇城の側に置かれた茶器に茶が注がれた。静かな室内で、暫しその音だけが響いた。湯気が上がっているそのカップの中の琥珀色の、澄んで美しい事といったら。
隠月の入れる茶は美味い。
その熱々の茶器を長い指で摘んで一口飲む宇城は何だかカッコいい。
「いつかさ、街を見に連れてってくれる?」
俺が宇城にそう聞くと、宇城の動きがピタッと止まった。
「…どうしましょうかね。」
俺を見ながら、何か考えている様子。
あ、そうか、と俺は思った。
「あ、大丈夫。俺、あの俺と違って走って逃げるようなアグレッシブさ、持ってないから。」
「でしょうね。」
宇城は笑って目を細めた。
一見冷たそうに見える顔が、優しくなるから安心する。俺、宇城の笑った顔が好きらしい。
「良いですよ。
婚儀の前にデートしましょうか。欲しい物もあるでしょうし、あちらには無い味もあるでしょうから。」
「マジ?」
「マジですよ。」
俺が嬉しくなって笑うと、宇城は一瞬目を見開いて、また笑顔を深くして笑ってくれた。
「貴方が望む事は何でも叶えて差し上げたくなります。」
宇城はそう言いながら、優しい表情で俺を見る。
だから俺は時々勘違いしそうになる。俺が宇城を好きなんじゃないかって。
「あ、あのさ。」
宇城の視線に照れ臭くなった俺は、視線を逸らして話を変えようと試みた。
きっと俺の顔は、今相当赤くなっている筈だ。
くそう。歳下の生徒相手に俺って奴は…。
あのさと言ってみたものの、違う話題が浮かばない間抜けな俺。しかし宇城は次の言葉を待ってくれている模様。
あ、そうだ、と俺は思い出した。
「ここに来て2日目か3日目くらいだったんだけど…夢でさ。」
「夢?はい。」
急に夢とか言い出したから不思議そうな顔してるな…。なんか、すまん。
「夢に、俺の部屋が出てきてさ。あ、あっちの世界の元の俺の部屋な?
でもベッド見たら、ちゃんと俺が寝ててな。」
「はい。」
「そしたら寝てた俺が起きて、俺を見て驚いて、何か叫んでさ。」
「何と?」
「悪かった、謝るから暗証番号教えてくれって。だからつい、俺も番号叫んじゃったけど。変な夢だったな。」
「…変わった夢ですねえ…。」
「…只の夢かな?やっぱり。やけに部屋の様子とか、リアルだったんだよなあ。」
「…只の夢、…では、ないかも知れませんねえ。」
そう言った宇城は、何か考え込むようにまたカップを傾けた。
2
お気に入りに追加
620
あなたにおすすめの小説


生徒会長の包囲
きの
BL
昔から自分に自信が持てず、ネガティブな考えばっかりしてしまう高校生、朔太。
何もかもだめだめで、どんくさい朔太を周りは遠巻きにするが、彼の幼なじみである生徒会長だけは、見放したりなんかしなくて______。
不定期更新です。

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

お前ら、、頼むから正気に戻れや!!
彩ノ華
BL
母の再婚で俺に弟が出来た。義理の弟だ。
小さい頃の俺はとにかく弟をイジメまくった。
高校生になり奴とも同じ学校に通うことになった
(わざわざ偏差値の低い学校にしたのに…)
優秀で真面目な子と周りは思っているようだが…上辺だけのアイツの笑顔が俺は気に食わなかった。
俺よりも葵を大事にする母に腹を立て…家出をする途中、トラックに惹かれてしまい命を落とす。
しかし目を覚ますと小さい頃の俺に戻っていた。
これは義弟と仲良くやり直せるチャンスなのでは、、!?
ツンデレな兄が義弟に優しく接するにつれて義弟にはもちろん愛され、周りの人達からも愛されるお話。


目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

片思いの練習台にされていると思っていたら、自分が本命でした
みゅー
BL
オニキスは幼馴染みに思いを寄せていたが、相手には好きな人がいると知り、更に告白の練習台をお願いされ……と言うお話。
今後ハリーsideを書く予定
気がついたら自分は悪役令嬢だったのにヒロインざまぁしちゃいましたのスピンオフです。
サイデュームの宝石シリーズ番外編なので、今後そのキャラクターが少し関与してきます。
ハリーsideの最後の賭けの部分が変だったので少し改稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる