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30 先生のお願い事 (現・宇城side)
しおりを挟む一時間以上かけてざっくりと話をした先生は、ふうっと息を吐いた。ちょっと疲れた感じがアンニュイな色気を放っててドキッとする。
例え手にしているのは湯呑みだとしてもだ。
「そんでさ。悪いんだけど、多分俺達はもう元の通りには戻れない。割り出しに成功したっつっても、実は100%上手くいくって保証があった訳じゃなかった。
時空の歪みの出現日時や場所だけは割り出せても、無限にある並行世界のどこに繋がるのかはランダムで、誰にも予測出来ないからだ。
だからもし、もう一度予測出来ても俺が居た同じ世界に繋がる事はほぼ無い。」
「……そうですか。」
「驚かねえの?」
「そうだろうなと思ってはいたので。」
そう。わかってた。
けれど、気持ちの消沈するのはどうしようもない。
(……先生…。)
もう、俺が恋した、困ったように笑うあの人には会えないんだな。
「只、妙な事があってさ。」
そう言えば、という風に先生が茶を啜りながら口を開いた。
「妙な?」
「寝込んでる間にさ、あっちにやった筈の俺が夢に出てきて。こう、天井近くに浮いててな、まるでワイドスクリーンみたいに見えた、背景の部屋の様子も見えて…。」
「リアルな夢って事ですか?」
「夢…やっぱり夢なのかなあ?」
先生は首を捻りながら、少し離れた位置に置いてあったリュックを引き寄せ、中を探って財布を取り出した。そしてそこから数枚のカードを抜き出してテーブルの上に並べる。
クレジットカード2枚、キャッシュカード2枚。あとは何処かの店の会員カードなのだろうか。
交通系カードは見当たらない。
「取り敢えず、俺がこのカードの何れか一枚でも使えたら、確信が持てるんだけどな。」
「……どういう事ですか?というか、ダメですよ…他人にこんなの剥き出しで披露しちゃ…。」
俺は先生の言動にヒヤヒヤしながらそう言った。
すると先生は、ニッと笑いながら答える。
「だって宇城だからいいかなって。」
ひ、人誑し…。
こっちの先生、人誑しだ。
俺は思わず赤くなったであろう顔を片手で覆いながら、指の隙間から先生を見た。
笑い方なんか全然違うのに、やっぱり同じようにキラキラして見えてしまうのは何故だろう。そりゃ、先ずビジュアルが好きってのはあるけどさ。
それにしたって、顔が同じなら良いのかよ自分、ってのもある。いや厳密には顔だけじゃなくて、本質的に先生そのものではあるんだけど。…や、ややこしい。
それにしても、先生が使えたら確信ってどういう意味なんだろう。
「見えた俺と目が合った時に、咄嗟に聞いたんだよ。暗証番号を。だって、向こうの俺は皇子っつー極太財布が付いてるけど、俺にはもうあいつが残した金しかねえからさ。死活問題じゃん?」
「……え、先生、暗証番号教えてくれたんですか?」
「うん。まー、ほんとに只の夢かもしれないけど。
でも起きて直ぐにメモったし、体治ったらどっかで試してみようかなって。
だからさ、付いてきてくんない?」
先生が少し首を傾げて、駄目?とあざとく聞くので、俺は心臓にヴッと衝撃を喰らってしまい、右手で胸を押さえながらウンウン頷いた。
「ありがと。
で、もしさ。それが使えたら、俺と向こうの俺って、夢の中でリンクしてたんじゃないかと思うんだよな。」
「夢の中でリンク、ですか…。」
それを聞いて、俺は腕組みをして考えた。
どだい夢ではあるだろうが、もしそうなら向こうに行ってしまった先生の様子も聞けるようになったりしないだろうか。直接会えなくなっても、先生伝てに時々でも様子を聞ければ俺も安心なんだけどなぁ。
こっちの先生はリンクできる手段があると色々助かるのかもしれないが…過度な期待は禁物だろうなあ…。
ぐるぐる思考していると、今迄喋っていた先生が急に静かになってしまった事に気づいた。
どうしたのだろうと様子を窺うと、勝ち気そうな目の光が弱まった、心細げな寄る辺ない表情。
「……先生?どうしたんですか?」
先生は俺の言葉に、少し躊躇いながら口を開いた。
「あの、さ。
俺の事、これからも助けてくれたり、しないかなー…なんて。
こんな話信じてくれるの、お前くらいだし。
それに、俺なんかの傍にいてくれそうなの、お前しかいないし…。」
こっちの先生の、時折見せるこのもじもじしながらもちょっとツンデレ入った感じ…何か堪らない。この顔にそんな属性迄付加されるとか、先生は俺をどうしたいの…。新しい性癖の扉、次々開いてくれる人だな。
「お任せください。全力でサポートさせていただきますんで。」
脳が答えを出すより先に体が勝手に答えていた。
あっちの世界に行ってしまった先生を、あっちの俺が保護しているのなら、俺だって今目の前にいるこの先生を全力で保護する。
俺は皇子でもない一般庶民だけど、俺の全部で先生を守る。
お前がたくさん傷つけたこの人を、俺は絶対に1ミリの傷も付けずに大事に大事に守る。
だからお前も…もう傷つけないでくれ。そっちに行った先生も、俺の大切な人なんだ。
俺は向こうの世界のもう一人の俺に、祈るような気持ちでそう思った。
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