26 / 38
26 お陰様で解熱 (逃桐)
しおりを挟む結局、俺は日曜朝には微熱程度に迄下がったが、体力をごっそり削がれたのか微妙にしんどくて、休みの間中ずっと宇城の世話になってしまった。
いい加減頭洗いたいけど、シャワーなんて言ったら介助するとか言い出しそうで言えなかった。
裸なんて見られ慣れてるけど、こっちの宇城は俺にこの傷をつけた宇城じゃない訳だし、全部を晒すのは抵抗がある。
いや、俺は良いの、俺はね?
でもこっちの宇城は優しい奴だから、今以上にショックを与えたく無いと言うか。腹や背中の傷を見た時もちょっと泣きそうな顔をしてたし。
マジで、アレと元が同じ宇城とは思えん。あまりに、真逆で。
あっちは俺を散々痛めつけて、苦しむ顔や痛みに耐える顔に興奮して突っ込んでくるサイコパスなのに、こっちじゃ体調不良って聞いただけで看病に飛んで来るって何なの。
(調子狂うんだよなあ…。)
ありがたいけど、それはそれでこいつの好意を利用してるみたいで気が咎める。
…でも、世話を焼かれてるのが心地良くなってきてるのも事実。
何か、嫌じゃないというか…。
日曜は朝から来て、俺の熱が下がってるのを確認して、安心したような顔をしていた。
それから洗濯なんかをしてたみたいだ。あと、掃除をしてくれて、少し窓を開けて換気。
俺はこの部屋に来て初めて、カーテンの開いた外の景色を見た。
…まあ、普通に住宅街だったけど。
「今日はお粥以外のものを夕飯に食べましょうか。」
そう言って、昼前にはスーパーに買い物に出かけてった宇城は、30分くらいでニコニコしながら帰って来た。
「どしたの?」
「先生、明太子好きですか?」
「…まあ、うん。」
メンタイコ…って、あの明太子?めっちゃ高級品で、一部の富裕層や特権階級しか口に入らないっていう明太子であってる?いや、俺は皇城に入っから何度か食べる機会があったけど…。
「明太子って、あのめっちゃ高いやつ?」
俺はおそるおそる聞いた。
宇城はきょとんとしながら、頬を掻く。
「え、まあ…高い品はピンキリで高いですけど、今日は特売で3割引きでしたよ。」
「特売?!この世界の明太子って特売する程流通に乗るもの?!」
「…まあ、普通に流通してるでしょ、どこでも。」
まあ、確かにスケトウダラの漁獲量は落ちていく一方とは聞いてますけど、と宇城は不思議そうな顔をして言い、それを聞いた俺はしまった、と口を塞いだ。
「…というか、この世界って、何ですよ?」
そう言って笑う。
冗談と思ってくれたらしい。
「…明太子は、好きだ。」
美味かったのを覚えてる。
俺の実家は両親共働きだったし何不自由した事はないけれど、富裕層と迄はいかなかったから、様々な珍味を食す機会に恵まれたのは皇城へ召されてからだった。ロクな記憶しかない皇城生活だったが、食い物は良かった。良かったが、糞皇子に痛めつけられ過ぎて、せっかく食っても吐く事が多かったけどな。
まあしかし、そんな事をこの宇城には言えない。
「なら良かった。じゃあ、
お昼は明太子と焼き鮭でおにぎりにしましょうか。」
宇城はニコニコしながら赤い物体の入った何かを袋から取り出して見せてきた。
辛子明太子…と印字されているパック。
「わ…でかい。」
「でしょう。この商品、なかなか値引きしないんですよね。ラッキーでした。」
値段は980円、となっている。俺はこの世界に来た夜の、コンビニでの買い物額を思い出した。
…いや、やっす!この明太子、やっす!!この世界、明太子やっす!!!
あの夜の買い物でおにぎりや饅頭、飲み物を買って支払った額に少し足したくらいって事だろう。
千円札を一枚って事だろう?
俺のいた世界でそんな金額ではとても手に入らない筈だ。
何だろう…平行世界とは言っても、同じように時間が流れている訳じゃなくて色んな物事が俺のいた世界ではこっち側よりずっと速く進んでしまっているのか。
違う分岐を幾つか経た程度で、こんなにも世界は変わってしまうのか。
俺は複雑な気持ちになった。
「じゃ、テレビでも観ながらちょっと待ってて下さいね。ご飯もそろそろ炊けるかな。」
宇城は俺にそう言って、キッチンに向かう。
俺はややボーッとしながらベッドに座った。
そして30分ほどして、テーブルに並んだおにぎりと卵焼きと味噌汁。
「たくさん食べて下さいね。」
何故か目を輝かせている宇城に勧められ、俺はおにぎりを一つ手に取った。
「わ、うま…。」
ご飯が炊きたてだからか、コンビニのおにぎりとは比べ物にならない。
中は明太子が贅沢に入っていて、俺は感動した。
何か…何か皇城で食べたのとはちょっと味も違う。こっちの方が断然美味い。安いのに!!
俺がもそもそ食べているのを見て、宇城に物凄く微笑まれてしまっているのに気づいて気恥しくなってしまったのは、その後焼き鮭の入ったおにぎり迄完食した後だった。
2
お気に入りに追加
620
あなたにおすすめの小説



生徒会長の包囲
きの
BL
昔から自分に自信が持てず、ネガティブな考えばっかりしてしまう高校生、朔太。
何もかもだめだめで、どんくさい朔太を周りは遠巻きにするが、彼の幼なじみである生徒会長だけは、見放したりなんかしなくて______。
不定期更新です。

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

お前ら、、頼むから正気に戻れや!!
彩ノ華
BL
母の再婚で俺に弟が出来た。義理の弟だ。
小さい頃の俺はとにかく弟をイジメまくった。
高校生になり奴とも同じ学校に通うことになった
(わざわざ偏差値の低い学校にしたのに…)
優秀で真面目な子と周りは思っているようだが…上辺だけのアイツの笑顔が俺は気に食わなかった。
俺よりも葵を大事にする母に腹を立て…家出をする途中、トラックに惹かれてしまい命を落とす。
しかし目を覚ますと小さい頃の俺に戻っていた。
これは義弟と仲良くやり直せるチャンスなのでは、、!?
ツンデレな兄が義弟に優しく接するにつれて義弟にはもちろん愛され、周りの人達からも愛されるお話。


目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる