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18 お前なら良かったのに (逃桐)
しおりを挟む卵粥なんて食べるのは、人生で二度目くらいじゃないだろうか。
そもそも風邪なんてのも何年振りかにひいた。
食欲は無いけれど、空の胃に何か入れなければ薬も飲めない。
俺はレンゲに少しずつ粥を掬い、冷ましながらゆっくりゆっくり口に運んだ。
味が薄くて美味いのかはよくわからないが、元はレトルトなんだから不味いって事はないだろう。
宇城は温めた白粥に卵を回し入れただけだろうし。
トロトロと手と口を動かしていると、俺をじっと見ていた宇城が口を開いた。
「…先生、ですよね?」
ギクッとした。
それでも、ニッと笑顔を作って答える。
「…なんで?俺、違うように見える?」
やっぱり体を見られたのが良くなかったのだろうか。
俺がドキドキしていると、宇城は言った。
「そんな傷、無かったように思いまして。」
「?!」
「あ、いや。変な事言ってすみません。忘れて下さい。」
いやいやいや、忘れてくれって言われても。
何でそんな、体に傷があったかどうかなんて知ってるんだよ?
見たのか?え、どういうシチュで?
まさかこっちの俺、この宇城と妙な関係になってたとかじゃねえだろうな。
…いや、まさかな。あんな生真面目そうな"俺"が…。
俺が困惑しているのを察したのか、宇城が慌てて手を振る。
「すいません、違います!覗きとかそんなんじゃなくて!」
「覗き?」
「いや違うんです。
一昨日、先生がジャージに着替えてた時にチラッと見えただけで。」
「…あ、へぇ…。着替えを…。」
「わざとじゃないんです。」
必死だな…。さっき迄の、優しいけど淡々とした表情が、今は真っ赤になって自分の潔白を主張している。
「わざとじゃなくて偶然見ちゃったにしては、よく観察してたんだな。」
俺が茶化すと、押し黙る宇城。
…何だ、やっぱりそうだったのかお前。見えちゃっただけって割りにはガン見してたらしい宇城に若干引く俺。
元の世界のドスケベ宇城なら全く驚かないけど、お前がそんなの…何か裏切られた気分になるわ…誠に勝手ながら。
「…すみません。」
目を伏せて謝罪されたが、厳密に言えばその時見られたのは俺じゃない俺な訳で…。いや俺もさっき見られはしたけどな。
なかなかに気不味い沈黙の中、俺はふと思った。
こいつ、もしかしてカマかけてんじゃねえだろうな?
俺が何時もの俺じゃないと、気づいていてカマかけてるんじゃないのか。
そう思った俺は、自分も宇城に質問してみる事にした。
「宇城。俺も変な事聞いて良い?」
「何ですか?」
「俺が、ほんとは俺じゃないって言ったら、どうする?」
「……。」
宇城の眉間に皺が寄る。
「…あの、さっき言った事は只の…、」
「冗談だった?
そうだよな。冗談だよな。有り得ないもんな。」
また熱が上がってきたのか、呂律が怪しくなってきたのが自分でもわかる。
「でもお前の勘は正しいかもしれないぜ?」
俺はニヤッと笑って、また粥をゆっくり啜る。
「宇城、お前さ。」
「…はい。」
「俺を好きなの?」
「えっ…。」
「勘違いならごめんな。
でも、そうかなって。」
ちらりと横目でベッドサイドに座っている宇城を見ると、さっきより顔が赤くなっているので、推して知るべしなんだがな。
粥はやっと半分になってきた。
「…ごめんなさい、好きです。」
「へぁ?」
質問した事を忘れかけたタイミングで答えを返され、一瞬何が?と思ってごめん。
宇城は決死の覚悟で答えたらしく、全身プルプル震えている。
(やっぱりな…。)
俺は宇城を見てにんまり笑った。
好意ダダ漏れだもんな。
普通、単なる一教師にここ迄しねえよ。
俺は宇城を微笑ましく思った。そして今度は、あっちの宇城に、この宇城の純情さの万分の一でもあればなと苦々しい気持ちになった。
「はい、2錠と、栄養ドリンク。一緒に飲んで下さいね。」
食事のトレイを下げた宇城が、今度は薬とドリンクの小瓶を手渡してきた。
「水とスポドリ置いときますから、飲む時は面倒でも一度起きてから飲んで下さいね。
ベッドに零さないように。」
「うん。」
「何かたべられそうなら、チンするだけのやつかレトルトにしといて下さいね。」
「わかった。」
俺が薬を飲んで毛布に潜り込んで横になると、宇城は俺の額の汗を拭いて、冷却シートを貼った。
「冷やす方が早く解熱するでしょうから。」
どんだけ気が利くんだ宇城。
俺、今ならお前と結婚出来る。つかあの馬鹿皇子がお前みたいだったら、俺、きっと逃げたりしなかった。
だって言っちゃうけど、俺、宇城みたいな顔、嫌いじゃないんだ。
純日本人って感じの、整ってるのに薄いから地味な顔。それにこっちの宇城は、そんな見た目通り穏やかで優しいし…。
じいっと見上げていると、宇城は気遣わしげに覗き込んで来た。
「大丈夫ですね?
一晩、一人で寝てられますね?」
「…俺、先生なんだけど。」
いくつだと思ってるんだ、とやや抗議の意を込めて言うと、弱っている人に歳も立場もありませんから、と言われて黙る。正論だ。
大人しくなった俺に宇城は、
「じゃあ、また明日来ますから。」
と言って上着を着てリュックを背負った。
「明日も体がきつかったら起こすのも悪いですし、ここの鍵、一晩お借りしますね。」
そう言って、玄関に向かう宇城。
俺は既にそれをうつらうつらしながら見て、聴いていた。
瞼が落ちて最後に聴こえたのは、お大事に、という小さな声と、鍵を閉める音だった。
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