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17 介護じゃない、看病だ。 (逃桐)
しおりを挟む何処かで小さくトントン、と音がする。
小さく人の声も聴こえる。
珍しく母さんが起こしにきてくれたのか?
それともユイト?タツミ?
糞ガキ?
あれ…俺、何処にいるんだっけ…。
「先生。」
ドアをノックする音と、チャイムの音で急速に意識が浮上した。
なんかこんなパターンでばっか起きてるな。
だけど自力で起床出来ないから仕方ない。
ノックの音が続いている玄関ドアをぼんやり見詰める。
誰か来たのか…。
「先生!!いるんですか、先生!!」
聞き覚えのある声だ。
俺はベッドから降りて、ふらつきながらドアに向かった。
「…だれ?」
「先生…無事で良かった…。」
玄関のドアをノックし続けていたのは宇城だったらしい。
ひどく慌てたような顔をしている。
あれ?俺、部屋教えたっけ…?階数は教えたのか。
五部屋しかないんだから、二階迄上がってきたらわかるか。
このアパート、誰でも上がれる外階段だし。セキュリティガバガバだな。
きっと家賃も安いに違いない。
それはそうと、何故宇城が。
「…どうした?」
俺は重だるい頭を押さえながら聞いた。
「勝手にすみません。
先生、今日、お休みだったから。
上原先生に聞いたら、体調悪くて休みだって言うから、昨日の今日だし風邪引いたのかもって…。」
よく見ると、寒いのに僅かに息を切らして、少し汗ばんでいる宇城。背中のリュックの他に、手に何か袋を持っている。
「熱があって、病院にも行けそうにないみたいに聞いて、心配になって…。」
心配、って…。
まじまじと宇城を見てしまった。
好意は感じてたけど、ここ迄するとは思わなかった。
「食べられますか?レトルトですけど、お粥買ってきたんで、良かったら。
あと、一応、風邪薬。
余計なお世話ならすいません。」
ドアをノックしていた時とは打って変わって落ち着いた声で袋の持ち手を広げながら中身を見せる宇城。
「…悪いな、ありがとう。今、金を…。」
と袋を受け取り部屋に財布を取りに戻ろうとすると、宇城が慌ててシャツの裾を引っ張った。
「いえ、勝手にやった事なので、良いです。」
「いやでも。教師が生徒に金で借りを作る訳には。」
頭がガンガンするのを堪えてそう言うと、それが顔に出ていたのか、宇城が心配そうに顔を歪めた。
「かなり辛そうですね。
ちょっと失礼します。」
右手の手袋を外して、俺の額に手を当ててくる宇城。
俺はちょっとびっくりして、されるがままになってしまっている。
「…やっぱり結構熱が高いですね。解熱剤とか飲んでないんですか?」
「うん…。」
だって、薬探す気力なかったし。
俺が頷くと、宇城は少し考えるような素振りをした後、
「あの、少しお邪魔します。」
と強引に上がり込んで来て、俺に肩を貸して支えてくれながらベッドへ連れていかれた。
「先生、ちょっと引き出し開けますね。」
「え、うん。」
宇城は俺をベッドに座らせてから、横の3段ボックスを上から順に開けてシャツの替えを出した。
「ちょっと待ってて下さいね。洗面所とかってここですか?」
今度は立ち上がって、そんな事を言いながら洗面所と風呂場に繋がっているドアを開けて入っていく。
暫く待っていると、フェイスタオルを2枚持って来た。
「着替える前に体拭きますね。」
「えっ?」
俺はバンザイをさせられて、シャツを脱がされた。
「……え?」
「あ…。」
しまった、と思った時には遅かった。
俺の体中、服に隠れる所には、結構酷い傷が無数にある。その中には一昨日付けられた真新しい鞭の傷もあって、それを見た宇城の顔は強張った。
まさか違う世界のお前がやったんだぞ、とも言えず、曖昧に笑って黙り込む俺。
「……拭いていきますね。」
驚いた事に、どうやら見なかった事にするつもりらしい。
宇城は俺の首から鎖骨、腕、胸、腹、背中、腋の下に、ゆっくりとタオルを滑らせて拭っていく。その手つきは優しい。
タオルは温かく、わざわざ湯で濡らしてきたらしかった。
びっくりした筈なのに、何で何も聞かないんだろう。
2枚目のタオルで顔を拭かれる。赤ん坊のような扱いだ。でも、何だか安心する。あの顔相手にこんなに安心する日が来るとは。
「着せますね。」
返事を返す前にシャツを着せられた。
何という手際の良さ。
それからベッドの端にあったカーディガンを着せられて、毛布の中に寝かせられる俺。
「お粥、あっためますから、取り敢えずこれ飲んでて下さい。」
宇城はそう言って、買ってきてくれたスポーツドリンクのボトルキャップを開けてヘッドボードに置いた。
「卵あるんですね。
一個使いますね。」
冷蔵庫を開けて、俺に許可を取ってくる宇城。生真面目なやつ。
本当にあの宇城と同じDNAを持つ人間とは思えない。
…いや、厳密には全く同じとは言えないのかもしれないが。
環境や経験や、摂取してきた物で、人が形成されていくのだとしたならば。
暫くして、卵粥とレンゲがトレイに載せられて、ローテーブルの上に置かれた。
「どうぞ。ゆっくり食べてから、薬飲んで下さいね。
起きられないならベッドに座って食べますか?」
「…うん。」
俺はベッドに抱き起こされて、背中にクッションを挟まれて座らされた。
「熱いですから、ゆっくりですよ。」
母親にもこんなに優しくされた事はないので若干面食らう俺。
だが宇城は、戸惑っている俺に、穏やかに微笑む。
「…なんか慣れてるな。」
「時々祖父の介護、手伝ってるので。」
「介護…。」
思いもよらぬ言葉が飛び出して、俺は複雑な気持ちになりながら粥を啜った。
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