ドS皇子が婚約破棄までして歳上教師の俺に求愛してくる

Q.➽

文字の大きさ
上 下
16 / 38

16 異世界で初風邪 (逃桐)

しおりを挟む


「なるほど…え、右端を?持ってきて…。」

タブレットを使っての検索の末、一番簡単そうなプレーンノットという結び方をクロゼットの横にある鏡の前で練習中。

ネクタイは祖父さんや父さんが式典なんかで結んでいるのは見た事がある。
でも俺達の世代ではあまり流行らないものだし、それが必要無いデザインのスーツが主流だ。
だから見た事はあっても一度も実践した事はなかった。簡易なものに慣れ過ぎている自覚はある。


「お、なかなか良いんじゃね?」

客観的に判定してくれる人間はいないが、自分で見る限りは良い出来な気が。

「…つーか、ネクタイだけ結べてもなあ…。」


俺はネクタイを解いてハンガーに掛け、傍のベッドに寝転がった。


…疲れた…。

なんか色々疲れた。

こっちの俺に成り代わって生きていくのも、結構大変そうだ。
日常生活で色んな部分が違い過ぎるし、頭が追いつかない。

さっきタブレットのアイコンを一つずつ確認していて見つけた地図アプリケーションで、リュックの中に入っていた封筒に記載された学校と住所を検索してみたから、大体の場所はわかった。
引き出しを全部開けてみて、銀行の通帳を見つけて確認したら、家賃や光熱費や諸々の引き落としはその銀行口座から引き落としになっている。
それとは別にもう一冊、通帳とカードがあったけれど、まぁそれなりに少しずつ金は貯めていたらしい。
この世界での貨幣価値が未だどのくらいなのかが把握できないけれど、…まあ本当にそれなりだ。

それにしても、この給料って、高いんだか安いんだか。
…この質素さからすると、高くはなさそうだよな。

それはそうと、こっちの俺って実家はどうなってんだろ?
親はちゃんと生きてんのかな。あっちでは俺は市内にある実家住まいだったけど、何でこっちの俺は一人でアパート住まいなんだろ。
この世界じゃ、実家は市内じゃないんだろうか。
もしかすると親父が、社会に出たら独立しろって感じのスパルタ主義になってたりするのかもしれん。

「…入れ替わったら、何とかなるって思ってたのになあ…。」

家族の事すらわからない。
わからない事が多過ぎて、ものの数時間で異世界疲れしてる。俺が望んで仕出かした事なのに。
自由の無い性奴隷人生より百倍マシなんだから頑張らないといけないのに、何でもうこんなに寂しいんだろ。

「さっき迄はラッキーだと思ってたのになぁ…。」

両親が居たって、見た目は同じでも俺を育てた両親じゃないんだよな。
友達だって、存在してる奴と、してない奴がいるだろう。 
基本の出発点は同じでも、少しずつ分岐が違えばその違いはあらゆる部分に出ている筈だ。
決済方法が既に違うように。 

あっちにやった"俺"も、きっと戸惑ってるんだろうなあ。
状況的にはマシになった筈の俺が、これだけ心細いのだ。あの覇気の無い大人しそうな"俺"なんか、もう泣いてるんじゃねえかな。

「…ごめんなぁ。」

初めて、はっきりと罪悪感を感じた。

皇子達に連れてかれて、俺の代わりに囲われてるなら物質面では不自由しないだろうけど、そういう事じゃ、ないもんな。
当たり前に生きてた世界が丸ごと変わるってのは、望んだ訳じゃない人間には受け入れ難いものの筈だ。

せめて、糞ガキ皇子があいつに優しくしてくれると良い。俺にしたみたいな酷い事は、しないでくれたら良い。

うとうとしながらそんな事を考えている内に、何時の間にか眠ってしまっていた。




何か音がする、と思って目を覚ました。頭が痛くて重い。
覚醒しきらない頭と目で、何処からの音なのかを見回すと、昨日は気づかなかったベッドのサイドボードに点滅をする長細い電子機器が。これ、電話だな。 
似たようなもの、子どもの頃に見た事がある。

表示されているのは鷹が峰高等学校の文字と数字の羅列。

…出た方が良いのか。出るべきだよな、多分。


「…はい。」

取り敢えず受話器マークのボタンを押して出ると、中年の女性らしき声が聴こえてきた。

『おはようございます、桐原先生。上原ですが。』

「あ、おはようございます…。」

これ、職場だよな。
え、ちょっと待て。今って何時?げ、9時?!

『一向に出勤していらっしゃないし連絡も無いのでご連絡差し上げたんですが…どうかなさいましたか?』

しまった。そうか、仕事だよな。
いやでもどうしよ。
何だか体がだるい。

「すみません、昨晩から熱が出て、具合いが悪くて起きられなくて…。」

半分正直に言ってみた。
寝転がったまま何も掛けずに寝たからなのか、薄着でウロウロしていたのが祟ったのか、それとも傷が熱を持ったのか。
多分、全部だな。とにかく辛い。
声が異様に枯れてるのは、寝起きだけのものじゃない感じがする。

電話の向こうの相手は、あら~、と言って、誰かと何かボソボソ話している様子だった。

ややあって。

『桐原先生、取り敢えず今日はお休みになられて下さい。病院には行けそうですか?』

女性の声がそう告げてくる。
休めそうだな、良かった。

「いえ…ちょっとまだ動けそうには…。」

と答えると、ではとにかく今日は休んで、明日からの土日でしっかり治すようにと言われた。
週明けに改善しないようなら、また休みの連絡をして病院に行くなりしてくれと。
俺が返事をすると、あちらが最後にお大事に、と言って通話は切れた。
体は辛いけど、体調崩して助かったのかも。
全然何も知らないまま出勤しても不審がられるだけだろうし。

でもそれより、今は体を何とかしないと…。
手で額を触ってみると、やはり少し熱かった。

「…えーと、水か。水は冷蔵庫にあったよな。」

この部屋には薬とかってあるのか?あっても探す気力がねえわ。

俺はフラフラと冷蔵庫に向かい、水のボトルを出して、食器棚からコップを手に取った。
水を注いで少しずつ喉に流し込む。
けほっ、と咳が出て噎せた。
ベッドサイドに戻って、昨夜確認していた三段ボックスの真ん中の引き出しから部屋着らしき長袖のシャツを出して、のろのろと着替えた。
それからベッドに戻り、今度は畳まれていた2枚の毛布を広げて重ね、中に潜り込む。

体が疲れていて、苦しいのに直ぐに意識が落ちた。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

生徒会長の包囲

きの
BL
昔から自分に自信が持てず、ネガティブな考えばっかりしてしまう高校生、朔太。 何もかもだめだめで、どんくさい朔太を周りは遠巻きにするが、彼の幼なじみである生徒会長だけは、見放したりなんかしなくて______。 不定期更新です。

お前ら、、頼むから正気に戻れや!!

彩ノ華
BL
母の再婚で俺に弟が出来た。義理の弟だ。 小さい頃の俺はとにかく弟をイジメまくった。 高校生になり奴とも同じ学校に通うことになった (わざわざ偏差値の低い学校にしたのに…) 優秀で真面目な子と周りは思っているようだが…上辺だけのアイツの笑顔が俺は気に食わなかった。 俺よりも葵を大事にする母に腹を立て…家出をする途中、トラックに惹かれてしまい命を落とす。 しかし目を覚ますと小さい頃の俺に戻っていた。 これは義弟と仲良くやり直せるチャンスなのでは、、!? ツンデレな兄が義弟に優しく接するにつれて義弟にはもちろん愛され、周りの人達からも愛されるお話。

陛下の失われしイチモツをみつけた者を妃とする!………え、ヤバいどうしよう!?

ミクリ21
BL
主人公がヤバいことしてしまいました。

拝啓お父様。私は野良魔王を拾いました。ちゃんとお世話するので飼ってよいでしょうか?

ミクリ21
BL
ある日、ルーゼンは野良魔王を拾った。 ルーゼンはある理由から、領地で家族とは離れて暮らしているのだ。 そして、父親に手紙で野良魔王を飼っていいかを伺うのだった。

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

堕とされた悪役令息

SEKISUI
BL
 転生したら恋い焦がれたあの人がいるゲームの世界だった  王子ルートのシナリオを成立させてあの人を確実手に入れる  それまであの人との関係を楽しむ主人公  

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

処理中です...