ドS皇子が婚約破棄までして歳上教師の俺に求愛してくる

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15 "俺"の部屋 (逃桐)

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簡素で最低限の設備しかない小さなキッチンに立ち、俺は一時間前迄この世界で暮らしていたもう一人の"俺"の暮らしぶりを想像した。

シンクには皿が一枚とマグカップが一個、少し水の入った状態で置いてある。
帰って来たら洗おうと思ってたんだろうか。
シンクの上部には洗剤とスポンジ。
…うん、食器はどうやら手動での洗浄のようだ。 
視線を左横に滑らせるとコンロ。右には…多分、冷蔵庫と、レンジ。
冷蔵庫を開けてみると、やっぱり中はひんやりしていて、水のボトルと缶の飲料が数本、卵にハム、キャベツの千切りの袋。
その他、加工食品らしきものが数点。
あまり食に興味のある方ではないのか…?それともたまたま買い物に行けてないだけ?
冷蔵庫横のキャスター付きのラックには、やっぱり簡易な加工食品らしき袋と容器が幾つかと、背の低い食器棚には食器が少し。
開けてみると、インスタントのコーヒーやカトラリーも並んでいた。
 
本当に、数十年昔の生活という感じだ。

振り返ってみると、仕切りになるガラスの嵌め込まれた引き戸の向こうには、端に寝具をきちんと畳んであるベッドとクロゼット、その傍に小さなフロアチェア、ローテーブル、テレビ。本棚、小さな観葉植物、芳香剤らしき容器。
ローテーブルの上にはグリーンのマットが敷かれ、小さな卓上ポットとリモコンが載っている。

大きく開く窓にはやはり淡いグリーンのカーテンが引かれていて、どうやらあの"俺"は緑色が好きだったらしい。俺は特に好きな色は無いのにな。

もう家電の古さには驚かない。
でも、何だろう。
何だかこの部屋は凄く、寂しそうだ。

「…お前も…あんまり人生、楽しかった訳じゃなさそうだな。」

気づいたら呟いていた。

不幸でも無さそうだけれど、特別良い事があった訳でもなさそうな、そんな風に感じさせる部屋。
若い男にしては何か趣味の物がある訳でもなくて、只々、整理された、物の少ない無難な部屋。

この無味乾燥な部屋で、あいつは何を思って暮らしてたんだろう。
俺が言うのも何だけど、女にモテない訳じゃない筈なのに、この部屋にはそんな色気を感じさせるものが何も無い。
まさか、清廉潔白に生きてきたって事?

…いや、まさかな~。

でも、もしそうだったら、俺…アイツをあの馬鹿皇子のとこにやっちゃったの、ちょっと悪い事したかも…?


俺はフロアチェアの背もたれに掛けられていたカーディガンを取って、それを着てみた。うん、モコモコあったかい。微かに良い香りがするな。洗剤か?
それからそのチェアにドカッと腰を降ろし、リモコンを手に取り電源ボタンを押した。
ニュースが流れている途中で、とある国が何処かの国に侵攻しただのというナレーションと、瓦解された街らしき映像が流れてきた。

学生の頃に昔の戦争資料映像を観た事はあるけど、リアルタイムでこんなニュースを観るのは初めてで若干驚く。
俺が居た世界にだって国同士の諍いが無い訳じゃなかったけど、こういう生々しい戦争は近年起きてはいないから耐性が無い。

チャンネルを変えても同じようなニュース。
次のチャンネルでようやくドラマ。
服装とか、持ち物とか、街並みとか、そういうものを食い入るように観た後、立ち上がってクロゼットに向かった。
中には数枚のシャツ、スーツ、単品のジャケット、ネクタイ。
どうしよう。俺、こういうネクタイって見た事はあるけど、自分が使った事ないんだよな。どう結ぶの?これ。

「調べたら出るのかな…。」

そう思い、俺は白い壁に向かって手のひらを翳した。

「…?」

そこには何も投影されなかった。

「…え?なんで…?」

もう一度同じ動作を繰り返すが、やはり結果は同じ。
何時もならそこに必要なアイコンが出る筈なのに。

俺は焦った。不具合?

「…あ、」

そうか。

「…そりゃ、そうか。繋がってないんだもんな。」

この世界には未だそんなネットワークは普及していない。
繋がっていたとしても、別の世界から来た俺の情報はそこには登録されていないんだから、どの道無理だ。

「…まじかよぉ…。」

一気にテンションが下がる。しょうがないんだけど、下がる。
向こうの俺も多かれ少なかれ、似たような事態に陥ってんだろうな。
さっきコンビニで見た別の客は、板状の端末を使っていた。あれはおそらく通信機器で、あの中に決済できる機能が入っているんだろう。あれと同じようなものを、あいつも所持していた可能性は高い。
あの端末がそのまま順調に進化していけば、この先は俺の居た世界と同じように生体認証のみで全てが賄えるように移行していく筈だ。
そこに向かう過渡期なんだろうな、この世界は。

そう考えていた俺は、ふと思い出した。

「…あ!そう言えば!」

さっき見たリュックの中に、タブレット端末があったのを思い出したからだ。

急いでリュックを引き寄せて、開ける。
黒くて少し重い端末だけれど、これは多分、この世界のネットワークに繋がっている筈だ。

取り出して、開いてみると直ぐに画面が明るくなって、時間が表示される。
右上に、小さく30%の文字。げ、これって充電とかが要るやつか。そりゃそうか。
ケーブルを探すとリュックの奥に巻かれたケーブルが。
電力は…と探したら、テレビ横に差し込み口を見つけた。

盤面には数々のアイコンが並んでいる。

「よしよし…。

さて、サーチエンジンは…どれだ?」


俺はアイコンを端からひとつひとつ開けてみる事にした。







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