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11 一方、逃げおおせた方の桐原は…(逃桐)
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誰も居ない後ろを確認した瞬間、そう思った。
追っ手を振り切って逃げて、目指していた先に自分と同じ顔の人間が立っているのが見えた時、俺は天が自分に味方したのだと心の中でガッツポーズ。
それが、その日たまたま繋がった先の世界の自分自身である事は直ぐにわかった。上手く生活圏が被っている"自分"と遭遇できたのは奇跡的な確率で起こった偶然だ。
のんびりした顔しやがって。
俺とは違って、平穏な生活を送っているように見えるその姿に、少しイラッとした。
その時思いついたんだ。
一つの世界に同じ人間は二人も要らない。
コイツにはあっちに行って貰おう、って。
そうすれば帳尻も合うだろうし、どっちも俺なんだから、歪みが閉じて俺達がそれぞれの世界に一旦収まってしまえば、ダブりを察知されて異物として排除なんて事も無いだろ。
いやまあこれは、単なる俺の希望的観測で、実際はどう処理されるのかなんてわからないが。
ともあれ、俺は自分とそっくりなその男に突進した。
そして、体同士がぶつかる事なくすれ違った瞬間、成功を確信した。
すり抜けて数歩、立ち止まって振り返ってみると男の姿は消えていた。
歪みも、閉じたんだろう。
荒い呼吸を整えながら、走って来た方の道と周囲を確認する。
男が立っていたベンチの傍には白い袋と、濃紺色のリュックが、街路灯の明かりに照らされてぽつんと落ちていた。
肩に掛けていたように見えたが、落ちたのか。
拾い上げて中を確認する為に開けてみる。
筆記用具や板状の少し重い機器。タブレットだろうか、かなり旧式に見えるが、この世界ではこれが現在ポピュラーに普及している物なのかもしれない。
後はノートや、…教材?これは指導用教科書か。じゃあ、この世界での俺も、教師なのか。
俺は教本らしきものをパラパラ捲った。
「…英語か。」
同じ道は選んでも、選択した教科は違うらしい。
俺は理系だ。
それを閉じて中に直し、表のポケット部分を開けてみると、革製の財布と幾つかの鍵のついたキーホルダーが出てきた。
開けてみると、ビンゴ。
見た事の無い紙幣や硬貨、数枚のカードにレシート、身分証。
名前、生年月日、現住所。
文字は元の世界と同じだし、何とか探し当てる事はできるだろう。
周囲の様子は元の世界とあまり変わらないように見えるが、見慣れているよりも少し高い建築物も幾つかある。マンションだろうな。
この世界には高さ制限は特には無いらしい。
免許証の記載住所の通りなら、この辺りからそう遠くはない筈だ、と目星をつける。
野宿は免れそうだな、と 俺は安堵の息を吐いた。
白い方の袋は、開けてみるとゴミのようだったので、公園の端のゴミ箱に捨てる。
ゆっくり公園を出て左右を見ると、左側の明るい方には数人の人影が見えた。
元の世界と被っている部分が多いなら、あの辺は駅がある筈だ。
でも記載の住所は右側の方だろうと、歩き出す。
すると、必死で走っていた時には忘れていた首と手首、下半身の痛みが蘇ってきた。
「…っくそ。遠慮無くガッツガツ堀りやがって…。」
これは昨夜、いや、朝迄、反抗的だと拘束されて犯された末に出来た擦り傷と、掴まれ続けた箇所の痣、強制的に受け入れさせられ続けた部分の死にそうな激痛である。
全部、ぜーんぶ、あの小憎たらしい小僧にやられたものだ。
与えられた絶対的な権力をかさに来て、俺を屈服させようとする、あの性根の腐った糞ガキに。
切欠なんか、些細な事だ。
糞ガキを他の生徒と同列にしか扱わなかったから。
学問の前に身分は関係無い、が俺の持論だ。
なのに奴はそれを面白がった。特別扱いしないのが気に入らない、とかなら未だわかるが、そうでは無く、単純に興味を抱かれてしまった。
俺の態度は高飛車に見えたようで、生まれながらに追従に慣れた糞ガキ皇子の目にはそんな俺が新鮮に映ったのだろう。
不味い事になったかと思った時には、既に四方を囲まれ外堀りは一部の隙もなく埋められていた。
あの、天に聳える皇宮の中の一室に俺は囲い込まれ、抵抗すれば容赦なく皮の鞭で打たれ、叩かれた。
その瞬間すら、糞ガキ皇子は愉しそうだった。
『無抵抗な者には優しくしなければなりませんが、抵抗する気力のある貴方ならそんな遠慮は要らないでしょう。』
それが、アイツの口癖だった。
好き嫌いがはっきりしていて、嫌なものは絶対嫌な性格が災いして、俺はどうしても抵抗する事をやめられず、傷は日に日に増えていく。流石に外聞が悪過ぎると、少し気力を殺ぐような香を焚かれる事が増えた。
思考力が鈍りそうになる中で、窓から眼下を眺めながら必死に考えた。
アイツの来ない時間、部屋の中だけでは、俺は自由に動き回って良かった。
皇宮のセキュリティシステムに、アイツは絶対的な信頼を置いていたからだ。
どうにか皇宮から出る手段を、毎日考えた。
しかし出ただけでは、この世界の何処にも俺の行き場はないのだともわかっていた。
皇族は絶対だ。
力の及ばぬ場所はない。
国外に逃げ出す前に、張り巡らされたネットワークにより、俺は迅速に捕まるだろう。
そんな時、以前少し研究を手伝った事のある、次元移動について思い出した。
昔、平行世界から迷い込んで来た人々が居て、保護された事があるという話を元にした研究を手伝った事を。
別に本気ではなかった。もしそんな事が可能なら良かったのにな、って程度。
しかしその時の俺は、本格的に具体化しそうな糞ガキ皇子との婚姻話に、精神的に追い詰められていた。
既に決まっている婚約迄破棄して俺を娶ろうなんて、あの皇子、正気の沙汰じゃない。
一生縛り付けるつもりで嫌がらせをする為だけに正妃にするってんだから。
マジでそんな事になってしまえば、死ぬ迄糞ガキのオモチャで終わる。
この世界の何処にも逃げ場が無くなって、俺を解放してくれるのは死しかないと迄考えていた。
でも、あんな糞ガキのせいで死ぬなんて絶対に嫌だった。
なら、ダメ元で可能性に賭けてみるか、と そう思ったのだ。
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